通常のニューケインジアンモデルの場合、あらかじめ家計は、完全情報下の合理的期待形成仮説に従うとしていて、この場合には、全ての家計が先々のインフレ率の予想を行う上で必要な情報をすべて持っており、それをすべて使って、さらに経済理論を正確に活用して最適な予測値を導き出すことになり、異質性は生じません。
ただ、このインフレ率の予想値が各家計でどうなっているかについては、例えば政府や中央銀行が目標とするインフレ目標値を重視するのか、もしくは足もとの価格、中でも自分が普段よく支払いで直面する価格を重視するのかで異なる場合があると思います。例えば、今は日本でもインフレ下にありますが、米国はもっと激しいインフレになっていたわけで、それを抑えるために中央銀行が政策金利を引き上げ、インフレ目標(2%)に収束させようとしたわけですが、恐らく2%を将来のインフレ率の予測値とした人もいれば、いやいや…となって、足もとのインフレ動向に寄った見通しになった人もいたと思います。
さらに言えば、足元の物価の上昇の程度は、丁寧に数字として残している人もいるかもしれませんが、一方で体感として把握する人も多いと思うので、そうした部分での違い、もっと言ってしまえば、中央銀行のインフレ目標値や専門家の意見の情報を勘案するような時にも、(先々のことを予想するわけなので)個々の違いがでてくることが考えられると思います。
加えて、こうした予測を行う際には、過去にインフレを経験しているかどうかも影響を及ぼすでしょう。この点、私自身が実感することとして、この数年、海外の供給ショックや円安などにより、輸入品の価格が上がり、さらにそれ以外の財・サービス価格も上がるということを経験していますが、例えば、今の日本のインフレ目標は2%ですが、仮にこれが0%であるということを考えて、しばらくして現実にインフレ率が0%になったとします。その後再び円安や供給ショックの局面に直面した時(ただ、まだ日本国内のインフレはそれほどおきておらずインフレ目標の範囲内にあるとします)に、全ての人がインフレ予想を0%に保てるのかといわれると、もちろんこの場合、一度0%のインフレ率に着地しているので、そう考えることは合理的なのだとは思いますが、一方で、インフレ時代の経験にいくらか引っ張られることも考えられます。ただ、日本の場合、それこそ以前から円安の局面ではあったのですが、実際にインフレがおこらなかった以前であればインフレを考えるということはなかったなとも感じており、こうした経験の影響というのはありえると思います。今のは同じ人間の異なる時点での話ですが、同一時点の異なる人の間で、こうした経験の違いがある場合には、先々のインフレ率の予想に影響を及ぼす可能性があります。
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