本当は違う内容を投稿する予定だったのですが、前回紹介したディスインフレについて指摘している研究があったので、なんとなくそれを紹介してみようかなと思います。
Romer and Romer(2024)という最近の研究では、第二次世界大戦以降の1946~2016年にかけての米国のディスインフレーションと政策の関係を経済指標に加えて、Fedの会議録や講演記録、新聞記録を用いて検証しています。政策面で指摘されていることとしては、価格統制をしていることがそれなりに多いという指摘があります。今回の大統領選挙でも価格統制の話がでているみたいですし、これは重要なポイントといえると思います。また、論文では、各時期において、Fedがディスインフレーションにどの程度コミットしていたかによって分類(高・中・低)しています。例えばコミットメントが高いという場合には、Fedは金融政策で必ずやインフレを抑え込むことや、そのためにはある程度の景気後退は辞さないというような強い姿勢をみせていたり、もしくはどこまでインフレ率を下げたいかというような、具体的な目標などを掲げて取り組んでおり、一方でコミットメントが低い場合には、金融政策のみでインフレに対峙するとは限らないといった発言や、深刻な景気後退を招いてまでインフレ対策に取り組むつもりはないという発言(もしくは、政策の実施中に景気が下向いてきたところで、それを理由に態度を軟化させるようなケース)があったり、目標が曖昧であったりします。論文では高・中・低すべての事例が観察されたとし、コミットメントが高いケース程、最終的なインフレ率の低下が大きくなると指摘しています(因みに、前回紹介したディスインフレのケース(当時のFed議長はポール・ボルカ―氏)は、Fedのコミットメントが高い区分に分類されています)。
その上で論文では、こうしたFedのコミットメントの違いが、インフレ予想(経済の専門家のインフレ予想)にどのような影響を及ぼしたのかを分析しています。分析では、前回紹介したディスインフレのケースについては、インフレ予想の低下が観測されたものの、それ以外の時期も含めると、コミットメントが高い時期でも、インフレ率の低下につながるという、系統的な証拠は見つからなかったと報告しています。この要因の1つとして、論文では、専門家の予測の期間は比較的短いことが多いため、金融政策が予測期間内にあまり効果が現れないと考えた可能性があるとしてます。
もう1つ論文が指摘しているのが、Fedが保有している経済予測に関連する情報量が民間部門よりも多いため、Fedのコミットメントが、自身の意思や目的を伝えるだけではなく、民間部門の景気認識の材料としての役割も果たしているというFedの情報効果が働いている可能性があるというもので、この場合、Fedがインフレと戦う事を強く主張することが、情報効果を通じて世の中のインフレ予想の上昇に作用することになります。このことは、Romer and Romer(2000)やCampbell et al.(2012)、Nakamura and Steinsson(2018)、Jarociński and Karadi(2020)などでも指摘されています(ただ一方で、近年ではデータの整備がかなり進んだこともあり、こうした情報格差は小さくなっていることが考えられ、またそうした指摘をする論文もありますが(Hoesch,Rossi,and Sekhposyan(2023)、Binder and Sekkel(2024))、こういった場合でも、今度はFedと民間部門が同時に同じデータに接することになるため、それこそ米国の経済は非常に強いこともあって、例えば景気が過熱してきたタイミングで金融引き締めのアナウンスをしても、民間の予想が下がらないということが起こると指摘する論文もあります(Bauer and Swanson(2023a)))。また、Miranda-Agrippino and Ricco(2021)やBauer and Swanson(2023b)では、この情報効果を考慮して金融政策の実証分析を行う方法を検討しています。
このほか、論文では、Fedのコミットメントの違いが、実際の金融政策の徹底さにどう影響を与え、最終的な結果にどのような影響が及んだのかについても分析しており、コミットメントが低い時には、金融引き締めを徹底することができず、最終的に失敗に終わっていると指摘しています。失敗のケースは様々で、元々金融政策には限界があると考えていたり、大きな生産の損失を伴ってまでインフレ対策を進める必要はないと考えたり、また仮に景気後退に陥れば、財政出動を行う必要も出てくるため、それによってインフレ対策の効果が小さくなる可能性があることを考えると、やはり景気後退は避けるべきと考えたりといったことなどで、中途半端な対策になってしまったとしています。
この論文ではインフレ予想のチャネルを通じた効果は検出されていない(もしかしたらそこまで強くないのかもしれませんが)ものの、具体的な事例を検証しており、個人的には参考になりました。
ディスインフレの関連で調べていてもう1つ面白かったのが河野(2023)で、ここでは2022年のジャクソンホールでの講演の話から、ポールボルカ―時代のディスインフレについて考察を行っています。2022年のジャクソンホールについては2つの講演をあげていて、そのうち1つが当時Fedの議長であったパウエル氏によるものです(Powell(2022))。この講演について河野(2023)では、当時インフレが急速に進行していた中で、パウエル議長がボルカ―氏のスタンスを踏襲した講演を行ったことがまとめられています。もう1つがジョンホプキンス大学のフランチェスコビアンキ氏とシカゴ連銀のレオナルドメロージ氏の論文発表(Bianchi and Melosi (2022))で、ここでは今回のグローバルインフレには財政インフレの要素があり、その場合、中央銀行が利上げをしても、インフレは必ずしも終息するとは限らないとする主張がされています。論文では、政府が基礎的財政収支を最終的に均衡させるという責任を負う気がないと国民が認識すると、国民は次に政府がインフレ上昇による税収増によって財政を維持するようになると考えるようになり、そのためインフレ予想の上昇・インフレ率の上昇につながるとしています。そして、こうした状況下で金融政策によってどの程度インフレを抑えることができるのかは、国民が政府の対応として、財政政策主導のレジームと金融政策主導のレジームのどちらを織り込むか、もしくはそのパーセントにかかってくるとしているのですが、金融政策主導のレジームというのは、インフレ上昇時に、中央銀行が利上げを行うと、政府としては国債の利払いが増えるわけですが、それを歳出削減や増税で対応するというもので、一方で財政政策主導のレジームというのは、こうした時に政府は国債の増発で対応するというものです。前者の場合には、基礎的財政収支が改善することから、国民の認識が変わり、そのため金融政策が効果を発揮する一方で、後者の場合には、基礎的財政収支の改善や国民の認識の変化には繋がらず、一方で国債の利払いが増えることから、利上げによる総需要の低下が一部キャンセルされるため、インフレの抑制効果が弱くなります(因みに前者でもそれは考えられますが、増税もしているのでこの影響はより小さいと考えられます)。論文では、国民が金融政策主導のレジームを信じるためには、中央銀行だけではなく政府の取組も必要とする指摘をしています。
因みに、近年のインフレについて、ブランシャール(2023)の本文や訳者あとがきをみると、ここでも米国について、新型コロナ感染症下の財政拡大を理由としたインフレの懸念が示されています(本文では「バイデンの賭け」と言っています)。ただ、このインフレについては、ブランシャール自身は最終的に長期停滞の世界に戻っていくとする発言も行っています(Wolf(2022))。
河野(2023)ではさらに、ボルカ―氏のディスインフレーションについても考察を行っており、ここでは、ボルカ―氏が対峙したインフレーションにも財政インフレの要素があったとし、その上で、ボルカ―氏の金融政策に加えて、レーガン政権が政府の歳出削減を行い、いわゆる小さな政府を目指したことも評価できるのではないのかと指摘しています(ただ、この時も減税はしているわけではありますが)。
もう1つ河野(2023)が指摘していることで面白いのが、これは近年のインフレ対応に話が戻るのですが、急激な金利の上昇が金融機関経営に与えるストレスに注目していたことです。自分も色々調べる中で、他にもそんなことを言っている文献はあって、例えば銀行預金というのは、従来金利の変動云々でそんなに預金額が変動するということは考えなかったと思いますが、2022年以降の米国の銀行(それも、従来からある伝統的なタイプの銀行)の預金残高と政策金利の関係を分析したKoont,Santos, and Zingales(2024)という論文では、近年、伝統的なタイプの銀行でもデジタルサービスを積極的に導入しているところがあることに着目し、こうしたサービスを積極的に行っている銀行では、そうでない銀行に比べて、政策金利の上昇に対して、預金が大きく流出していることを示したほか、さらに、そのようにして流れた預金が向かう先は、マネー・マーケット・ファンドや米国債、社債であろうと予想し(Xiao(2020)も同様の指摘をしています)、デジタルサービスを積極的に導入している銀行の中でも、さらにこういった商品への仲介サービスを積極的に行っている銀行では、より預金の流出が大きくなったことを示しています。また、論文では、河野(2023)も触れている2023年初の銀行破綻にも、このメカニズムが関係していると指摘しています(因みに論文では、こうした預金の流出はBank Run、すなわち取付けと比べてゆっくりとしたペースで進むことからBank Walkと表現し、変化に気づきにくいという難しさがあると指摘している)。因みに、Erel et al.(2023)では同じ時期の米国のオンラインバンクを分析しており、こちらについては、政策金利の上昇にあわせて伝統的なタイプの銀行以上に預金金利を引き上げた結果、預金残高への影響は小さかったとしていますが、無理して金利を引き上げている可能性もあり、どうなんだろうかとは思います。
さらにもう1つ、期待チャネルを分析したものではないのですが、インフレに対する金融政策に関する論文で面白いものがあったので、書いておきます。Karadi et al.(2024)では、ニューケインジアンモデルを用いて、インフレに対してどのような金融政策が最適となるのかについて検討しています。ニューケインジアンモデルでは、価格の硬直性を仮定している世界の動学分析を行うため、企業の価格設定をモデル化するわけですが、この時には大きく時間依存型の価格設定モデルと、状態依存型の価格設定モデルが用いられており、前者の有名なものが企業が予め定めた一定の確率で価格を改定していくとするカルボモデルで、後者の有名なものが、企業は価格改定を行う際にはメニューコストと呼ばれるものがかかるため、コストに見合うかどうかで価格を改定することもあればしないこともあるとする、メニューコストモデルになります。
この両者は、前者の場合には、フィリップス曲線がほぼ線形となるのに対し、後者の場合には、インフレ率が低い時には価格改定頻度が低くなり、インフレ率が高くなるとメニューコストを払ってでも価格を改定するようなケースが増えて、価格改定頻度が上がるため、フィリップス曲線は非線形になるという特徴的な違いがあります(このあたりについては、Blanco et al.(2024)やAuclert et al.(2024)が参考になります)。
論文では、近年のインフレ率の急上昇が価格改定頻度の増加を伴っているとする研究があることを踏まえて(Montag and Villar(2023)、Cavallo, Lippi, and Miyahara (2023)、Blanco et al.(2024))、企業の価格設定にメニューコストモデルを採用し、この場合、大きなコストプッシュショックによりインフレになると考えると、高インフレの状況では、企業は数量調整以上に価格の調整を優先する状況、つまりフィリップス曲線の傾きが急な状況になっているため、このタイミングで積極的にインフレ率を抑えにいくことで、生産や雇用の損失が比較的少なくインフレを抑えることができる(つまりこれが最適な金融政策となる)と示しています。
話は変わりますが、渡辺(2022)を読むと、1990年代後半から最近まで、日本では、緩やかなデフレ経済が長く続き、個別の商品については、価格が変わらない商品が多く存在していたことがわかります(渡辺(2022)ではこれを日本企業の価格据え置き慣行と呼んでいます)が、Watanabe and Watanabe(2018)では、こうした状況になっていく中で、日本のフィリップス曲線の傾きがインフレ率の低下とともに小さくなっていった(いわゆる、フィリップス曲線のフラット化)ことを、やはりメニューコストモデルを用いて説明しています(フィリップス曲線のフラット化の要因は他にも色々指摘されていますが、それはまた別の時にしたいと思います)。
因みに、そもそもなぜメニューコストモデルが価格設定のモデルになるんだ、そんなに影響はないだろうと考える人もいるかもしれませんが、このことを考えたのがMankiw(1985)という研究で、ここでは、メニューコストが仮に無視できるほど小さく、独占企業が価格を変更しないことによる生産者余剰の減少が2次のオーダーである場合でも、経済全体では1次のオーダーの余剰ロスが生まれる可能性があることを示しています(実は他にも価格調整を妨げる摩擦は考えられているのですが、それについては例えばローマ―(2010)を参照してください)。
Auclert, Adrien, Rodolfo Rigato, Matthew Rognlie, and Ludwig Straub(2024).”New Pricing Models, Same Old Phillips Curves?”Quarterly Journal of Economics,139(1),121–186.
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河野龍太郎(2023)、「グローバルインフレーションの深層」、慶應義塾大学出版会
渡辺努(2022)、「物価とは何か」、講談社
オリヴィエ・ブランシャール(田代毅 訳)(2023)、「21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略」、日本経済新聞出版
デビッドローマー(堀雅博・岩成博夫・南條隆 訳)(2010)、「上級マクロ経済学 原著第3版」、日本評論社
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