限界消費性向に話が戻ります(限界消費性向の異質性2)

限界消費性向について研究したものでは、Kaplan and Violante(2022)が面白いと思います。この研究では、米国のデータへのあてはまりをみることを通じて、どのようなモデルが適切かを検討しています。最初に論文では、流動資産のみの1資産HANKモデルによる描写を分析しています。このモデルでは、RANKモデルから得られる結果と比べてマクロの限界消費性向は大きくなるものの、米国のデータと比べると依然小さな値になるという結果が得られています。このモデルで描写する場合、資産の供給量をデータに一致するようにとると資産価格が非常に低くなってしまい、そのため、多くの家計が借入制約に陥らずに済むようなバッファーストックを持つことができ、hand-to-mouth家計の割合が非常に少なくなってしまうためです。

論文では、このことを補うため、家計の特性に関する追加的な異質性として、割引率、収益率、相対的リスク回避度、異時点間代替弾力性の異質性をモデルに組み込んでいます。これらの分析では、データに一致するようなマクロの資産水準のもとでも、高いマクロの限界消費性向が描写できることがわかっていますが、同時にいずれのモデルでも、hand-to-mouthに陥るほど貧しくはないが、それでも資産がほとんどないというような家計の割合が非常に多くなり、中間的な資産保有額となる家計の割合がデータと比べて非常に小さくなるというmissing middle問題が指摘されています。

一応、こうした修正の中でも、missing middle問題を解決したモデルも提示されています。論文では、割引率が極端に異なる(10倍程度)2種類の家計を考えたモデル(これをSpender-Saverモデルと呼んでいます)を考えると、missing middle問題を解決した上で、マクロの限界消費性向や資産分布を再現することができるとしています。

結局、この論文の中では、流動資産に非流動資産を加えた2資産モデルが一番よくデータを描写するとしています。これはつまり、以前も触れたwealthy hand-to-mouth家計とpoor hand-to-mouth家計を考えるという話になるのですが、要するに、非流動資産は流動資産よりもリターンが大きいため、家計がリターンを求めて非流動資産の割合を高めるメカニズムを通じて、1資産モデルではhand-to-mouthにならなかったような家計でもhand-to-mouth家計になることが考えられるということになります。このモデルの場合、流動資産と非流動資産の間のリターンの差が十分に大きければ(論文では約8%としている)、missing middle問題を解決した上で、マクロの限界消費性向や資産分布を再現することができるとしています。また、モデルで設定したリターンの差については、米国のデータや、各種税制上の優遇措置などを考えると妥当な範囲であろうとしています。

もう1つ面白い研究があります。Pfauti,Seyrich, and Zinman(2024)では、認知能力や、自身の認知能力に対する自信の過剰さに着目した分析を行っています。ここではまず、米国のデータを用いた分析から、認知能力とそれに対する自信過剰さの間に負の相関関係があるという結果を得ています。その上で、認知能力を労働者の生産性と捉え、自信過剰を、生産性が上昇する可能性を過大評価し、低下する可能性を過小評価するものと捉えて1資産のHANKモデルの修正を行い、そのモデルを用いた分析から、missing middle問題を解決した上で、マクロの限界消費性向や資産分布を再現することができることを示しています。また、2資産のHANKモデルにこの要素を組み込んだ場合にも、自信過剰な家計は将来の所得リスクを過小評価することになるため、合理的な家計であれば自己保険として流動資産を貯蓄するような場合でも、消費性向を高めたり、もしくは非流動資産により積極的に資産をあてるようになってhand-to-mouth家計になる可能性が高まるとしており、このためKaplan and Violante(2022)が指摘するよりもより低い流動資産と非流動資産のリターンの差で、missing middle問題を解決した上で、マクロの限界消費性向や資産分布を再現することができるとしています。

Kaplan, Greg, and Giovanni L. Violante(2022).”The Marginal Propensity to Consume in Heterogeneous Agent Models.”Annual Review of Economics,14,747-775.

Pfäuti, Oliver, Fabian Seyrich, and Jonathan Zinman(2024).”Bad Luck or Bad Decisions? Macroeconomic Implications of Persistent Heterogeneity in Cognitive Skills and Overconfidence.”NBER Working Paper No.32305.

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