前回、“企業の強欲さ”と出てきたので-価格マークアップと賃金マークダウン

前回、米国の調査で、近年のインフレ率の急上昇の要因(と家計が考えているもの)の中に“企業の強欲さ”というものが出てきました。これはグリードフレーションといわれていますが、こういった話も含めて、今いろいろなところで登場している言葉に、“価格マークアップ”や“賃金マークダウン”というものがあります。そこで、今回も少し脱線になりますが、マークアップやマークダウンの研究を少し整理してみたいと思います。

マークアップというのは、製品の販売価格と限界費用の乖離を計測したものです。仮に市場が完全競争の状態であれば両者は完全に一致し、乖離は0となります。一方マークダウンというのは、1単位の労働投入による収入と賃金の乖離を計測したものです。これも労働市場が完全競争の状態であれば0となります。

では、マクロベースでみて、実際にどうなのかということですが、これは両者ともに乖離があるということが言われています。特にマークアップは昔から注目されてきた項目で、例えばHarberger(1954)では、米国の産業内の平均マークアップは比較的小さく(乖離がなく)、産業間のばらつきも小さいと推計しているなど、以前はそれほど大きな値は計測されていませんでした。数少ない例外にHall(1988)があったのですが、De Loecker and Warzynski(2012)ではこの論文の方法を一般に拡張し、スロベニアの製造業企業の分析からマークアップが従来よりも高く推計されることを示しているほか、輸出を行う企業ではそうでない企業と比べて、マークアップが高くなることを示しており、De Loecker,Eeckhout, and Unger(2020)でも同様の方法を用いて、米国企業の分析から、マクロのマークアップが1980年~2016年にかけて上昇していることや、マークアップの高いグループほど、大きく増加していることを指摘しています。また、De Loecker and Eeckhout(2021)では分析を米国以外に広げ、De Loecker,Eeckhout, and Unger(2020)と同様の結果が得られるとしています。

マークダウンについても同様の指摘がされており、Yeh, Macaluso, and Hershbein(2022)では米国の製造業は賃金マークダウンの拡大により、労働分配率が大きく下がってきたと指摘しているほか、Dube et al. (2020)、Sokolova and Sorensen (2021)、Azar,Berry, and Marinescu(2022)でも、企業の労働市場支配力が高いことが指摘されています。

マークダウンの大きさは、近年よく話題にあがる最低賃金を考える上でも重要で、例えば労働市場が完全競争の状態であるならば、最低賃金を上げた場合、一部の企業は上がった賃金が払えず倒産してしまうことが考えられますが、そうでない(マークダウンがある)場合には、企業はまだ賃上げの余地があるということになります。

また、米国のマークアップを計測したAtalay et al.(2023)やDöpper et al.(2024)では、マークアップは上昇傾向にあると分析していますが、その一因として、限界費用の低下が寄与していると指摘していて、マークアップとマークダウンの動向が相互に関連することも考えられます。

因みに日本についてみると、青木・高富・法眼(2023)では、日本の、特に非製造業の小企業では、年々競争環境が激しくなる中マークアップが縮小傾向にある一方で、マークダウンも大きくなっているとしています。また、マクロベースでも、マークアップは年々縮小傾向にあり、マークダウンは拡大傾向にあるとしています。

ここまではトレンドの動きを整理しましたが、景気循環的な動きも指摘されています。マークアップについてみてみると、教科書的にもローマ―(2010)で、伝統的なケインジアンのモデルを用いて、価格が硬直的で賃金が伸縮的な例として、需要が増加した場合、賃金が上昇し、また産出の増加に伴って労働の限界生産物が低下することから、コストが上昇し、一方で価格は固定されているため、マークアップは低下する(需要の変動に対して逆循環する)と説明しています。Nekada and Ramey(2020)では、価格が硬直的で賃金が伸縮的なニューケインジアンモデルを用いて、設備投資固有のショックについては、やはり労働需要の増加による賃金の上昇や、産出の増加に伴う労働の限界生産物の低下により逆循環的になる一方で、TFPショックについては、賃金の低下や生産性の上昇によりコストが低下して、順循環的になるとしています。また、金融政策ショックや政府支出ショックについては、順循環的になるとも指摘しており、これは価格硬直的・賃金伸縮的なモデルでは説明ができず、むしろ賃金硬直的・価格伸縮的なモデルの特徴があらわれているとしています。Burstein et al.(2020)では、景気変動の向きは大企業と中小企業で反対になるとする分析をしており、分布や支出シェアによってマクロのマークアップが変わる可能性があるとしています。

資源配分の効率性という観点でも、マークアップやマークダウンが企業間でばらつくことが非効率性に繋がる可能性があり、実際、Liang(2023)ではマークアップについてインド経済の実証分析を行い、それほど大きくはないものの、影響があると指摘しています。また、Boar and Midrigan(2019)では理論的な分析から、企業の集約が進んでこうした非効率性が解消される場合、賃金が上昇することで家計の効用は向上し、一方で、企業の集約が低減する場合には、確かにマクロのマークアップは低下するものの、生産性や賃金の低下が生じて、家計の効用が低下してしまうとしています。Miyakawa,Oikawa, and Ueda(2022)でも、インフレ率が正の経済の下で、イノベーション能力の高い企業に効率的に資源配分を行うことが、社会厚生を引き上げるという分析をしていますが、重要なメカニズムとして、イノベーション能力の高い企業は高いマークアップを設定でき、インフレ経済の下でも同じ価格で長く利益を得ることができる(価格改定頻度は低くなる)のに対して、イノベーション能力の低い企業では頻繁に価格改定を迫られ、仮に十分に利益を得られない場合には市場から退出することになるという違いが、前者の企業への資源の集約を促進することをあげています。ただ、こうした場合は完全競争の状態ではないので、死荷重損失が生じることにはなります。

ところで、インフレーションとマークアップの関係は実際どうなのでしょうか。マークアップでインフレを説明するモデルというのはあるようで、Weber and Wasner(2023)では、複数の市場にまたがって、多くの企業が価格の引き上げに対する戦略的な補完行動をとる(企業間で互いに価格を引き上げるような相互作用がはたらく)場合に、マークアップの引き上げを通じてインフレが起こりうると指摘しています。

ただ、実証研究をみてみると、そうしたメカニズムを否定する結果があるようです。Conlon et al.(2023)は、米国の分析から、インフレ率が高い業界のマークアップの伸びは、インフレ率が低い業界よりも高いとはいえず、むしろコストの上昇が影響していると指摘しています。Leduc,Li, and Liu(2024)でも、米国の分析から、インフレ期や不況からの回復期において、マクロのマークアップは上昇していないと指摘しています。

金融政策に関する研究としては、Duval et al.(2023)が米国など複数の先進国の分析を行い、マークアップが大きい企業は、マークアップが小さい企業と比べて金融政策の波及効果が小さくなることを示し、さらに規模の小さい企業や若い企業といった、資金面に制約があるような企業同士で比べると、この違いがより大きくなることを指摘しています。また、Ferrando et al.(2023)では、ある産業で先ほど見たような企業の集約が起こった場合、その産業の小規模な企業では、他の産業の場合と比べて事業プロジェクトの収益性が低くなることから、金融政策の波及効果が低減することをユーロ圏の分析から示しています。

ほかにも、金融政策の分野で度々話題となっている、フィリップス曲線のフラット化(年々フラットになっていく)のメカニズムとして、マークアップが年々上昇傾向にあるということが影響するとしている研究もあり、例えば、寡占市場を考えたDSGEモデルを用いた分析では、市場集中度が高まると、特定の企業の価格支配力が高まってマークアップを高めますが、この場合、こうした企業は価格改定の頻度が少なくなり、また、競合する企業も価格を動かしても自身の売上には繋がりづらい環境にあるため、結局価格改定が減ると指摘しています(Andres and Burriel(2018)、Andres,Arce, and Burriel(2021)、Wang and Werning(2022)、Ueda and Watanabe(2023))。

最後に、年々マクロベースのマークアップが上昇している要因については、一部のスーパースター企業が上昇を引っ張っている、賃金マークダウンの拡大、グローバル化の進展により限界費用が引き下がった、商品の需要を増大させるためにマーケティングや製造工程などにコストをかけた結果マークアップが高くなった、マーケティングにより需要曲線が非弾力的になるような状況を作り出してマークアップを高めた、ネットワーク効果(製品やサービスの価値が利用者数や取引機会の多さに影響されるというもの)によって競争が弱まりマークアップが高くなったといった指摘がされています。こういった点についてはBerry,Gaynor, and Morton(2019)が詳しく解説しています。因みに、(一応)今私が整理する上でメインテーマとしている、家計の経済格差の拡大が影響すると指摘する研究(Sangani(2023))もあり、メカニズムとしては、高所得者は仮に商品が高くてもほかの店や商品を探して回るようなことはあまりせず(これは高所得者ほど価格感応度が低いとするHarrod(1936)の仮説に従っています)、そのため高所得者が購入する商品のマークアップは高くなる傾向にあることから、所得格差が拡大して高所得者が増加すると、マクロのマークアップも高まるというものになっています。

一方で日本のマークアップが上昇しない理由については、人口減少による需要の縮小(大橋(2021))、グローバルな市場で高い価格支配力を有する企業が少ない(内閣府(2023))、無形資産投資の少なさや投資効率の悪さ(内閣府政策統括官(財政政策分析担当)(2024))、企業が大きくなると調達先が増えて費用が増す(Nakamura and Ohashi(2022))、といったことが指摘されています。

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