資産や負債の価値の変化を通じた金融政策の波及効果1-金利エクスポージャー・チャネル(Interest Rate Exposure Channel)

金融政策の波及チャネルの話を進めようと思います。ここまでは異時点間の代替効果や、所得を変動させることを通じて消費を動かす効果を整理してきましたが、家計の消費を動かすメカニズムとして、Auclert(2019)では保有する資産や負債の価値が変化することを通じて、消費に影響が及ぶチャネルも指摘しています。その中で、今回はまず金利エクスポージャー・チャネルというものをみていこうと思います。

例えば家計が資産として短期定期預金や短期国債、負債として住宅ローンを保有するとします。仮に資産・負債の両側にかかる金利が固定金利の場合には、例えば政策変更により金利が低下(この場合、インフレ予想は上昇し、一方で実質金利は低下するといえます)する場合、住宅ローンは満期が非常に長いため、借換えが行われない限り負債側に金利(実質金利)低下の恩恵が及ばない一方、資産側の収益率は、定期預金等の満期には収益率が悪化するため、家計にとっては(消費の低下といった)マイナスの効果があらわれることになります。一方、住宅ローンが変動金利であれば、比較的短期間のうちに金利(実質金利)の低下が負債側に反映される(利払い負担の減少)ため、プラス(消費の引き上げ)に作用する可能性もあります。このほかには、各金融資産・負債の政策変更に対する反応の大きさの違いなども、影響すると考えられます。

実証分析でも、米国について分析したDi Maggio et al.(2017)では、利下げが行われると、変動金利型住宅ローンによる借入を受けている家計のなかでも、低所得層を中心として自動車購入が増加すると指摘しています。また、同じく米国について分析したWong(2021)では、固定金利型住宅ローンを用いて借入を行っている家計でも、政策金利を引き下げると、住宅ローンの借換えを行って利払い負担が軽減し、それが消費を拡大させる効果があることを示しています。ユーロ圏についても、国によってばらつきがあるものの、純資産が少ない階層において、金利が低下した際にプラスの恩恵がみられるとする報告があります(Tzamourani(2021))。

因みに、米国の住宅ローンは日本と違って固定金利型が多く、Eichenbaum,Rebelo, and Wong(2022)では、米国の金融緩和政策のマクロの効果は、住宅ローンの借換えに伴う家計の貯蓄増加の潜在的な分布に大きく影響を受けると指摘しています。さらに、東・眞壁・平田(2023)では、米国のこうした特徴から、金利上昇局面では利払い負担の増加につながりにくくなるとしています。

一方で、標準的な理論を用いて分析すると、変動金利型の住宅ローンは、金利の動きが後述するフィッシャー・チャネルと呼ばれるインフレを通じた効果と相殺する関係にあるため、実質ベースの支払いが安定し、固定金利型よりも家計に好まれるという結果が得られています(例えばCampbell and Cocco(2003))。そのため、米国で固定金利型の住宅ローンの割合が多くなっているのは、長い間謎とされているのですが、近年では、過去に高金利を経験した家計が固定金利を好む傾向にあるとする実証分析の結果を報告した、Botsch and Malmendier(2023)のような研究が出てきています。

固定金利型についてはもう1つ指摘されていることがあり、それは住宅ローンの借換えについてで、家計は最適な金利水準で借換えを実行できているのかどうかというものです。実証的には、例えばAgarwal,Rosen, and Yao(2016)、Keys,Pope, and Pope(2016)、Andersen et al.(2020)が、借換えを最適に行うことができない家計が存在することを示しています。また、Berger et al.(2024)では、家計が住宅ローン金利について時々しか関心を持たないモデル(保有する情報が不完全なモデル)を構築し、借換えが過度に遅くなるケースや、過度に早くなるケースを説明できることを示しています。

もう1つ別の例をみてみようと思います。ライフサイクル仮説に従い、家計の生涯の所得や支出の計画を考えます。この場合、例えば当期(最初の期)のはじめに、この家計が資産や負債を持っていないと仮定すると、ライフサイクル仮説は一生涯に稼いだ所得を全て使い切るという考え方なので、

[生涯の支出(割引現在価値)]=[生涯の所得(割引現在価値)]

という式が成り立ちます。この場合、翌期(2期目)以降の支出・所得については利子率で割り引かれています。この式を、左辺に当期の支出・所得、右辺に翌期以降の支出・所得を記述するように変更すると、

[当期の支出]-[当期の所得]=[翌期以降の所得(割引現在価値)]-[翌期以降の支出(割引現在価値)]

と書くことができます。ここで、仮に右辺が正の場合(つまり、将来の収支がプラスになると見通せていて不安がない場合)には、[当期の支出]-[当期の所得]>0が成り立ち、家計は現時点で、(積極的な借り入れを行って)当期の所得以上に支出することが可能となると考えることができることになります。

でも、こんな家計は実際に存在するのでしょうか?Auclert(2019)では、金融政策の効果を計測したものではないのですが、米国のデータを用いた実証分析から、直前の式の右辺が正になるような家計については、この特徴が強く表れるほど限界消費性向が高くなる傾向があるという結果を報告しています。将来の収支に対する不安がなく、現時点で所得以上に支出しているような家計は、所得の増加(ショック)を支出に回す傾向は強いと考えられ、Auclert(2019)の実証分析は、そうした家計の存在を示唆していると考えられます。また、こうした家計では、金融緩和による金利の低下は、翌期以降の所得-支出の現在価値(つまり将来の貯蓄計画ということですが)の上昇に繋がり、当期の積極的な借り入れを促進して支出を増やすことになります。

実際、この効果に着目した金融政策の研究もあり、Ferrante and Paustian(2019)では、将来にわたって低金利を継続するとアナウンスするフォワードガイダンス政策の効果をHANKモデルとRANKモデルを用いて分析し、HANKモデルの方が消費がより喚起されるという結果を示していますが、そのメカニズムの1つとして、フォワードガイダンスのアナウンスが、上でみたような家計の消費を喚起することがあげられるとしています。

ただ、逆に先ほどの式の右辺(将来の貯蓄計画)が負の家計の場合には、当期の支出を当期の所得よりも少なくして貯蓄に回しており、利子率の低下は将来のマイナス(負債)の現在価値を上昇させて、当期の支出を減らす方に作用することになります。このため、将来的に低金利を続けるというアナウンスのマクロの効果という観点で考えると、その国の企業の実力や雇用環境によっては、変わってくる可能性もあるかもしれません。

さらにいえば、以前の投稿でもみた通り(「期待形成についてまとめる2(経済主体の限定合理性)(2024/08/30)」)、標準的なニューケインジアンモデルを用いると、フォワードガイダンス政策の効果が強くあらわれてしまうと指摘する、フォワードガイダンスパズルの問題もあり、Ferrante and Paustian(2019)の研究よりも、実際のこのチャネルの効果はもっと弱いかもしれません。

Agarwal, Sumit, Richard J. Rosen, and Vincent Yao(2016).”Why Do Borrowers Make Mortgage Refinancing Mistakes?”Management Science,62(12),3494–3509.

Andersen, Steffen, John Y. Campbell, Kasper Meisner Nielsen, and Tarun Ramadorai(2020). “Sources of Inaction in Household Finance: Evidence from the Danish Mortgage Market.” American Economic Review,110 (10),3184–3230.

Auclert, Adrien(2019). “Monetary Policy and the Redistribution Channel.” American Economic Review, 109 (6), 2333–2367.

Berger, David W., Konstantin Milbradt, Fabrice Tourre, and Joseph S. Vavra(2024).”Optimal Mortgage Refinancing with Inattention.”NBER Working Paper No.32447.

Botsch, Matthew J., and Ulrike Malmendier(2023).”The Long Shadows of the Great Inflation: Evidence from Residential Mortgages.”mimeo.

Campbell, John Y., and João F. Cocco(2003).”Household Risk Management and Optimal Mortgage Choice.”Quarterly Journal of Economics,118(4),1449–1494.

Di Maggio, Marco, Amir Kermani, Benjamin J. Keys, Tomasz Piskorski, Rodney Ramcharan, Amit Seru, and Vincent Yao(2017).”Interest Rate Pass-Through: Mortgage Rates, Household Consumption, and Voluntary Deleveraging.” American Economic Review, 107 (11),3550–3588.

Eichenbaum, Martin, Sergio Rebelo, and Arlene Wong(2022).”State-Dependent Effects of Monetary Policy: The Refinancing Channel.” American Economic Review,112 (3): 721–761.

Ferrante, Francesco, and Matthias Paustian(2019).”Household Debt and the Heterogeneous Effects of Forward Guidance.” International Finance Discussion Papers No.1267.

Keys, Benjamin J., Devin G. Pope, Jaren C. Pope(2016).”Failure to Refinance.”Journal of Financial Economics,122(3),482-499.

Tzamourani, Panagiota(2021).”The Interest Rate Exposure of Euro Area Households.”European Economic Review,132,103643.

Wong, Arlene(2021).”Refinancing and The Transmission of Monetary Policy to Consumption.” Working Papers 2021-57, Princeton University. Economics Department.

東宏香・眞壁祥史・平田渉(2023)、「米国における家計のバランスシートと個人消費」、日銀レビュー2023-J-5

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