もう1つ脱線をします-長期停滞について1

もう1つ、以前の投稿(「景気循環に関する研究(2024/09/27)」)で長期停滞について触れたのと、こうした研究が現在もいろいろと出てきていることを踏まえて、とりあえずざっと概要的に整理してみようかと思います(ただ、1回では終わらないので、複数回に分けようと思います)。因みに、長期停滞という言葉は、2013年に米国ハーバード大学のサマーズ教授がIMFの会議で言った言葉ですが、この時の話も少し後で触れます。

9月27日の投稿でもみたように、日本では1990年代、欧米では2008年の金融危機を境に、GDPがそれまでの成長トレンドを下回っていることが指摘されています。因みに日本については、いわゆるバブル経済の崩壊以降、銀行の不良債権問題や企業の過剰ストック・過剰債務・過剰雇用の問題などにより、90年代にかけて大きな景気の落ち込みを経験しました。また、2000年代半ばころまでにはこうした不良債権問題は解消しましたが、その後も日本経済の成長はそれほど大きくはなっていないという状況だと思います。

要因としてまず指摘されているのは、需要不足に関するものです。例えば、金融危機のショックが企業や金融機関のバランスシートを毀損し、そのことが企業の設備投資需要の落ち込みなどに繋がって、民間需要が長期間に渡って落ちこむというものです。これは以前の投稿(「景気循環に関する研究(2024/09/27)」)でもみた通りです。因みに、日本については2000年代半ばまでにこうした問題は解消されているはずなのですが、その後も成長が回復しません。この点については河野(2022)がいくつか指摘しており、1つ目が、世界金融危機の後も、東日本大震災やコロナショックといったことが断続的におきたため、企業にとって積極的に設備投資を増やすよりも、内部留保を蓄えて危機に備えるモチベーションが高くなっていることで、2つ目が1990年以降、グローバル資本市場からの圧力が強まり、企業経営者が目先の利益確保を重視して、設備投資を怠ってきた可能性があるということです。また、労働者の側面からも、2000年代以降増加した非正規雇用に着目し、こうした働き方は失業によって国民年金や国民健康保険などのセーフティネットを失う可能性があることから、景気拡大局面で所得が増えても、予備的貯蓄動機から貯蓄を増やして消費を抑制していると指摘しており(また、海外の研究ではありますが、米国と欧州の家計調査のデータを用いた分析を行い、非正規で働く人は正規で働く人と比べて、失業リスクの高さから、金融機関から借入を断られる可能性が高くなることや、こうした借入が必要となる住宅や自動車の購入が少なくなることを指摘する研究もあります(David,Melzer, and Zator(2024)))、さらに日本では高齢化の進展に伴って、企業側の社会保険料負担を引き上げていますが、非正規雇用については企業側が保険料を負担しなくていいということを考えると、このことは、企業が非正規採用のウエイトを引き上げるインセンティブになる可能性があり、労働者側のこうした要因がマクロ経済に及ぼす影響を高めることにも繋がる可能性があるとしています。

需要不足については、これも以前の投稿で触れましたが、デフレ均衡に関する指摘もあります。これは特に日本経済でいわれてきたことですが、当初は、例えばKrugman(1998)の指摘をみてみると、日本は名目金利を0%まで引き下げても需要が喚起されない“流動性の罠“に陥っているが、対処方法として、中央銀行が例えば4%のインフレといった高いインフレ目標を約束し、それを信用させれば、金融政策は流動性の罠の下でも有効になるとしていました。つまり、需要不足はあくまで一時的なものであり、金融政策で高めのインフレ目標を信用させることで需要不足は解消されると、クルーグマン教授は考えていたわけです。

しかし、その後クルーグマン教授が2016年に来日した際には、非常に大胆で非伝統的な金融政策を用いてさえ目標を達成することが難しくなっており、財政政策などのその他の政策の助けが必要だと発言しています。このような状況は、流動性の罠がさらにひどくなり、”あくまで一時的”というよりはもう“常態的”となったといえると思いますが、これは以前の投稿(「期待形成についてまとめる1(2024/08/19)」)でも紹介したデフレ均衡といわれる状態で、以前の投稿の際にはBullard(2010)の指摘を紹介しました。因みに、前回の投稿では触れませんでしたが、この論文ではゼロ金利と緩やかなデフレがおきる状況を考えて、その場合には物価の先安観からスパイラル的に需要が落ち込むことはなく、経済がそれなりの安定を維持できることを示しているのですが、これ自体、重要な指摘といえます。

ところで、デフレ均衡から脱出するためには、やはり人々のデフレ予想をインフレ予想に転換することが必要ですが、歴史的にこれに成功した有名な例が、1930年代に高橋是清大蔵大臣が実施したいわゆる高橋財政で、この時は当時(高橋財政前)の緊縮的な財政金融政策の原因となっていた金本位制からの離脱と、緩和的な財政金融政策を実施したことが、人々のインフレ予想をプラスに転換することに繋がったといわれています(岩田(2018)を参照)。

もう1つ、需要不足に関する指摘として有名なのが、自然利子率低下説というものです。これは2013年に米国ハーバード大学のサマーズ教授がIMFの会議(最初に触れましたが、この会議の中で米国経済が長期停滞に陥っているのではないかと発言したことが、その後世界に広まっていきました)で指摘したものです。自然利子率というのは、景気を熱しも冷ましもしないような実質金利の水準で、例えば中央銀行が金融緩和を行う場合には、実質金利をこの水準よりも低くし、逆に引き締めたい場合にはこの水準よりも高くします。自然利子率は調査で測れるような指標ではないため、計量的な手法などにより推計することで把握していますが、これまで様々な手法が開発されています(この点については、杉岡・中野・山本(2024)を参照)。

Summers(2013)の主張がどうなのかということですが、米国は世界金融危機をきっかけにGDPの成長が落ち込んだと一般にいわれているが、実はもっと前から経済の実力は低下していたのではないか、ただ、それでもこれまで経済成長を維持してこれたのは、あくまでITバブルやその後の住宅バブルがあったからだとしています。サマーズ教授によれば、世界金融危機前のバブル期をみると、設備稼働率や物価、失業率に過熱の兆候はなく、また、金融危機後はほぼゼロ金利政策を続けているが、成長トレンドがそれ以前の水準に戻る気配はないとし、そこから、以前はバブル経済でわからなかったが、実は米国経済は潜在的に需要不足の状態にあり、潜在的な経済の水準に対応する実質金利として計測される自然利子率も、実は趨勢的に低下していたのではないかとしています。また、自然利子率の水準も、当時の米国のインフレ率がプラスなのと、ほぼ名目ゼロ金利でも経済が刺激されないことから、マイナスの水準にあるのではないか、と指摘しています。需要不足が継続することで投資の抑制や労働参加率の低下が続き、経済成長が停滞しているということになります。また、政策対応については、金融緩和に頼りすぎても、資産価格を上昇させてバブルが発生するリスクが高まるため、規制改革や税制改革による民間投資の促進や、自由貿易協定による輸出促進、インフラ投資などによる需要の引き上げなどが必要としています。

因みに恒常的に自然利子率がマイナスになるのかどうかについては様々な議論が行われており、金融危機後の信用収縮により引き起こされるとする、Eggertsson, Mehrotra and Robbins(2019)の指摘や、コンビニエンス・イールドの存在 (Del Negro et al.(2017))等、金融的な側面からのものがあげられています。これについてはBernanke (2015)が、こうした要因の存在は認めつつも、実質利子率がマイナスであれば、殆どの投資プロジェクトの採算が合うことになるため、自然利子率が長期間マイナスとなるかどうかは疑わしいとしており、一方で、Summers(2015)では、実質利子率がマイナスとなるのは、理論的には不明瞭だが、実際には観察されている現象であるとし、Hamilton et al. (2015)が 20 世紀の米国では長きに渡って実質利子率がマイナスであった可能性が高いと実証分析から示した結果を引用して、反論しています。

また、自然利子率の低下要因についても研究が行われており、潜在成長率の低下 (Summers(2014))や人口動態の影響(Auclert et al.(2021))、安全資産への需要の増加 (Del Negro et al.(2017))、格差の拡大 (Mian, Straub and Sufi(2021))、グローバル要因(Rachel and Smith(2017))などが指摘されています。

日本については、杉岡・中野・山本(2024)が複数の方法で自然利子率の推計を行っており、長期的に低下傾向にあることや、時期によってはマイナスの時期もあると指摘しています。

なんといいますか、少し長くなってしまいましたので、続きは次回にしようと思います。

Auclert, Adrian, Hannes Malmberg, Frederic Martenet, and Matthew Rognlie(2021). “Demographics, Wealth, and Global Imbalances in the Twenty-First Century.” NBER Working Paper No.29161.

Bernanke, Ben S. (2015), “Why Are Interest Rate So Low, Part 2: Secular Stagnation.” March 31.

Bullard, J.(2010)”Seven Facts of the Peril.”Federal Reserve Bank of St. Louis Review,September/October,339-352.

Del Negro, Macro, Marc P. Giannoni, Domenico Giannone, and Andrea Tambalotti (2017). “Safety, Liquidity, and the Natural Rate of Interest.” Brookings Papers on Economic Activity, Spring 2017, 235–316.

Eggertson, Gauti B., Neil R. Mehrotra, and Jacob A. Robbins (2019). “A Model of Secular Stagnation: Theory and Quantitative Evaluation.” American Economic Journal: Macroeconomics, 11(1), 1–48.

Hamilton, James D., Ethan S. Harris, Jan Hatzius, and Kenneth D. West (2015), “The Equilibrium Real Funds Rate: Past, Present and Future, ” NBER Working Paper, 21476.

Krugman,Paul R.(1998).”It’s Baaack: Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap.” Brookings Papers on Economic Activity, Economic Studies Program, 29(2), 137-206.

Matsa, David A., Brian T. Melzer, and Michal Zator(2024).”Dual Credit Markets: Income Risk, Household Debt, and Consumption.” NBER Working Paper No.32858.

Mian, Atif, Ludwig Straub, and Amir Sufi (2021), “Indebted Demand,” Quarterly Journal of Economics, 136 (4), 2243–2307.

Rachel, Lukasz and Thomas D. Smith (2017). “Are Low Real Interest Rates Here to Stay?” International Journal of Central Banking, 13(3), 1–42.

Summers, L.(2013)”IMF Fourteenth Annual Research Conference in Honor of Stanley Fischer.” Washington, DC, November 8.

Summers, Lawrence H.(2014), “U.S. Economic Prospects: Secular Stagnation, Hysteresis, and the Zero Lower Bound,” Business Economics, 49(2), 65–73.

Summers, Lawrence H. (2015), “On Secular Stagnation: Larry Summers Responds to Ben Bernanke,” April 1.

岩田規久男(2018)、「レジーム・チェンジとしての高橋是清の財政金融政策」、金融経済研究第40号、日本金融学会、71~79頁

河野龍太郎(2022)、「成長の臨界-「飽和資本主義」はどこへ向かうのか」、慶應義塾大学出版会

杉岡優・中野将吾・山本弘樹(2024)、「自然利子率の計測をめぐる近年の動向」、日本銀行ワーキングペーパーNo.24-J-9

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