もう1つ脱線をします-長期停滞について2

今回は前回の続きで、供給力不足について整理したいと思います。

深尾(2020)では日本の経済成長を長期的に分析していますが、この中で、1990年代以降を長期停滞期とし、この期間のGDP成長率の低下は、主に製造業・非製造業それぞれのTFP成長率の低下によって引き起こされていると指摘しています。またその一方で、米国では1990年代半ばを境に、TFPの上昇が加速しているとも指摘しています。

日本の製造業のTFP上昇の停滞については、銑鉄・粗鋼以外の鉄鋼、自動車部品、繊維製品、有機化学製品、その他金属製品、重電機器の停滞によるとしています。因みに、自動車部品についてはTFPの上昇が停滞した一方で、最終製品の自動車のTFP上昇は加速しました。また、ITの世界的な革新を受けて、半導体素子・集積回路や通信機器、電子部品もTFPの上昇が加速しましたが、先ほどの産業のTFP上昇の停滞を打ち消すほどの大きさではかったとしています。

TFP上昇率が停滞した理由をみてみると、銑鉄・粗鋼以外の鉄鋼、繊維製品、その他金属製品では、韓国や中国をはじめアジア諸国との厳しい競争にさらされたことがあげられ、自動車部品では、完成車メーカーや大規模な部品メーカーが海外生産を拡大させたことが影響した可能性があるとしています。また、中小企業のTFP上昇率が大きく停滞していることも指摘しており、この要因として、日本では、米国等他の先進国と比較して、R&D投資が大企業に集中しており、大企業の生産の海外移転やサプライヤー構造の変更により、技術知識が大企業から中小企業にスピルオーバーする効果が薄れたことなどをあげています。

深尾(2020)ではもう1つ、特に非製造業について言われている(ただし、基本的には製造業についてもいえることではある)要因として、IT投資や無形資産への投資が少ないことをあげています。このうち、IT投資が進まなかった理由としては、①IT投資が企業にもたらす利益の1つは労働投入の節約であると考えられるが、日本では、労働者の解雇が困難であるため、②創業間もない成長企業ほどIT投資に積極的と考えられるが、日本は社齢の高い所が多いため、③大企業のグループ企業経営といった文化から、ITサービスを提供するITベンダーが育ちにくかった、④ITの役割を単に費用削減手段と捉える傾向が強く、新タイプの顧客サービスなどのイノベーションが遅れた、⑤組織変革や雇用調整を避けるため、パッケージ・ソフトウエアよりもカスタム・ソフトウエアを選択する傾向が高く、ソフトウエアが割高になり、また企業間のネットワークの深化を妨げた、⑥人口減少や資本収益率の低下を背景に資本蓄積が減速しており、IT投資もこれに引きずられたことを挙げています。

無形資産投資が停滞した理由については、日本企業は、研究開発投資は比較的活発に行っているものの、組織改編や従業員への職業訓練といった、経済的競争力を強化するための無形資産投資を積極的に行ってこなかったと指摘し、また2000年以降増加している非正規雇用は職業訓練投資が少ないことから、非正規雇用の増加も無形資産投資の低下の一因となっている可能性があるとしています。

その一方、深尾(2020)では、米国では製造業・非製造業ともに1990年代中頃からTFPの上昇が加速しており、この一因としてIT革命をあげ、通信・情報処理サービスなどIT財・サービスを生産する産業の急速なTFPの上昇に加えて、IT資本・サービスを集約的に投入する産業でも、ビジネスモデルの革新や働き方の改革、企業と顧客・供給者とのネットワークの深化等を通じて生産効率を上昇させ、TFPが急速に上昇したとしています。

ただ、米国についても、近年のITを中心とした成長が、過去の産業革命期のような電気、鉄道や自動車などの輸送機能、上下水道の整備といったイノベーションと比べて大きくないとする、例えばGordon(2012)のような指摘があります。ここでは、米国の経済発展を長期的に振り返り、ITを中心とする現在の経済成長(産業革命)が、蒸気機関や鉄道といった1800年前後の経済成長や、電気、内燃機関(自動車)、上下水道といった1900年前後の経済成長と比較して大きくないと指摘しています。

因みに、このゴードン教授の議論は、現在発展が著しい人工知能やビッグデータによる生産性上昇の可能性は考えていませんが、こうした新技術が将来大きな経済発展につながる可能性があるとし、現在はその変曲点にいるとする考えを示す研究者もおり、有名なものにBrynjolfsson and McAfee(2011,2014)があります。ただ、ここでは近年発展著しいそうしたデジタル技術による経済成長に期待する一方で、能力のある人やしかるべき技術を備えた人にとっては最高の時代になるものの、そうでない人にとっては最悪の時代になる可能性があると危惧しており、これを防ぐため、初等・中等教育の改善や起業環境の整備、求人と求職のマッチングの強化、基礎研究の支援、インフラの整備、賢い課税が必要であり、現状は社会がこうした必要な対応にあたる再構築期にあるとしています。

このほか深尾(2020)では、生産性が高い企業や事象所が新たに参入・規模拡大し、生産性の低い企業や事業所が退出・規模縮小すると、産業全体のTFPが上昇するが、日本ではこうした競争を通じた淘汰のメカニズムがうまく働いていないとも、指摘しています。こうした現象は日本に限った話ではなく、例えば欧州では、世界金融危機や欧州債務危機の後に超低金利が企業倒産を防いできましたが、英国では金融危機時の企業倒産確率は90年代のより緩やかな景気後退時よりも低くなったことが指摘されている他、各国の比較から、一見倒産が集中すると思われるようなギリシャ、スペイン、イタリアの倒産確率がむしろ他国と比べて低くなったことも指摘されています。こうした状況は欧州経済のダイナミズムを損ない、金融機関は不良債権が重荷となり、新規融資を渋るようになりました。また、産業別にみると、こうした融資により企業活動を継続している企業が支配的な産業では、同じ産業のより効率的な企業が、他の部門よりも銀行貸付に高い額を払わなければならないという逆選択が生じたことも報告されています(Adalet McGowan, Andrews, and Millot(2017))。

また、日本ではあまり指摘されていませんが、欧米の研究では、一部の大企業の力が強くなることが、経済成長に下押し圧力となるという可能性も指摘されています。これは古くからSteindl(1952)が理論的な分析から指摘しており、近年ではHein(2016)がやはり理論的な分析から指摘していますが、ここでは、市場が独占ないし寡占状態にあり、支配的企業が価格決定力をもっている場合、こうした企業は投資や産出量、設備稼働率を調整することができますが、長期的に需要が低迷していると判断した場合には、支配的企業は収益性確保のためにそれらを引き下げようとします。そのため、需要サイドでも、投資需要や消費需要が低下することになるとしています(因みに、これに対応するための政策としては、①投資と消費を促進するための内需重視のマクロ政策、②インフレ、技術革新、教育への公共投資、③完全雇用政策による賃金シェアの引き上げとそのための労働者の交渉力の強化、④累進税制と再分配政策の強化などをあげています)。

さて、前回と今回とで、長期停滞の需要不足、供給不足それぞれの要因をみてきましたが、労働力の供給主体であり、かつ消費主体である家計について考えてみると、今回の主なテーマである経済格差や、他の有名なテーマである少子高齢化が、どんな形でかかわっているのかも気になるところです。そこで、次回はこの2つの点について、長期停滞との関連をみてみたいと思います。

Adalet McGowan, Müge, Dan Andrews, and Valentine Millot(2017).”The Walking Dead?: Zombie Firms and Productivity Performance in OECD Countries.” OECD Economics Department Working Papers 1372.

Brynjolfsson, Eric, and Andrew McAfee(2011).Race Against the machine:How the Digital Revolution is Accelerating innovation, Driving Oroductivity, and Irreversibly Transforming Employment and the Economy.

Brynjolfsson, Eric, and Andrew McAfee(2014).The Second machine Age:Work,Progress, and Prosperity in a Time of Brilliant Technologies, W.W. Norton & Company.

Gordon, Robert J.(2012).”Is Economic Growth Over ? Faltering innovation Confronts the Six Headwinds.” NBER Working Paper No.18315.

Hein, Eckhard (2016). “Secular stagnation or stagnation policy? : Steindl after Summers,” PSL Quarterly Review,69 n. 276, 3-47.

Steindl, Josef(1952).Maturity and Stagnation in American Capitalism,Oxford:Blackwell.

深尾京司(2020)、「世界経済から見た日本の成長と停滞」、岩波書店

コメントを残す