現在採用されている金融政策には、伝統的金融政策と非伝統的金融政策がありますが、ここではそれぞれ簡単に整理したいと思います。
伝統的金融政策は、短期金利を誘導する金融政策で、実施手段は公開市場操作によるというものです。ただ、“伝統的”という割に、この方法による金融政策が先進各国で確立されたのはだいたい1990年代といわれています。雨宮(2017)によれば、1960年代後半に、ケインズ経済学が度重なるインフレ圧力に対処できなかったことなどから退潮期を迎え、その代わりにマネタリズムが影響を強め、1970年代にはマネーストックを中間目標として位置付けるマネタリーターゲッティングの考え方が先進各国で台頭しました。例えば米国では、マネーストックの増加率の年間目標を設定し、それを達成すべくFF金利の足もとの誘導目標を決めていくという政策を採用していました。日本では厳格なマネタリーターゲッティングは採用しませんでしたが、マネーストックの情報変数としての有用性を認めたうえで、その伸び率の見通しの公表を始めました。
こうした手法は、主にインフレ抑制のためにとられたわけですが、この方法で金融政策を行う場合には、マネーストックと実質GDPやインフレ率との間の関係が安定していることが重要となります。ただ、1980年代に入ると金融自由化や金融分野での技術革新の進展に伴ってこの関係が不安定化し始め、FRBは徐々に金利ターゲットに移行してくことになりました。アラン・グリーンスパンFRB議長も、1993年の議会証言で、所得や物価とマネーの間の歴史的な関係は大きく崩れており、そのため、政策運営の指針として有効ではないとする指摘をしています。
こうした中、短期金利を誘導する金融政策の枠組みの整備は、ますます進みます。現在、米国を始め各国の中央銀行は、日本でいう金融政策決定会合で決まった金融政策の変更内容を決定後すぐにホームページで公表していますが、元々はそういったことはしておらず、例えば米国の場合ですと、FOMC(米国の金融政策決定会合)の約1か月後に公表される議事要旨の中に、FOMC直後にニューヨーク連銀(公開市場操作を行っているところ)のオペ担当デスクに送った指令書を掲載しており、そこには金利の誘導目標水準は明示されていないものの、市場参加者であれば事後的にある程度推測できるようになっていました。これを1994年2月に、FF金利の誘導目標水準が変更になった時のみFOMCの終了後に公表文を発表して変更した旨を告知するようになり、さらに5月からは公表文にその水準を記載するようにし、政策の透明性を高めました。
一方日本については、1960年代までは公定歩合と日銀貸出、窓口指導で金融政策を行っていました。公開市場操作は当初やっておらず、準備の供給・吸収は日銀貸出で行っていました。例をあげれば、公定歩合(日銀貸出に付される金利)は当時コールレートよりも低く設定されていたため、金融を引き締めたい場合には、公定歩合を引き上げることで、コール市場の需要が増えて、コールレートが上昇していましたし、仮に公定歩合が上げにくいという場合でも、日銀貸出を回収することで、コールレートを引き上げていました。さらには窓口指導によって、日銀が直接的に市中銀行の貸出量を規制するという方法もありました。
ただ、日銀も早くから公開市場操作の導入に向けて動いており、1962年にはオペレーションを導入しています。とはいえ、買いオペを行うには証券類が市場である程度のボリュームが取引されている必要がありますが、当時はまだまだ未発達だったみたいです。むしろ当時としては、その時問題となっていた、市中銀行の日銀貸出への過度の依存(オーバーローン)を解消したいという思惑も大きかったみたいです。その後1966年に国債買入オペを導入し、さらに71年と72年にそれぞれ手形売出オペ・買入れオペというインターバンクの手形市場のオペレーションを加えて、準備供給の手段を拡げています。
その後については、金融市場の発達や国債の大量発行と預金金利の自由化の進展に伴って、80年代後半から90年代にかけてオープン市場を対象とした短期国債やCPのオペレーションが導入されています。また、窓口指導は1991年に廃止され、支払準備率操作も1991年を最後に行われなくなりました。それともう1つ重要なのが、1995年に公定歩合とコールレートが逆転したこと(さっきもみた通り、元々公定歩合はコールレートを下回っていた)で、これ以降基本的に準備供給は公開市場操作によってのみ行われ、日銀貸出はコール市場で資金調達ができない金融機関に対してのみ行う手段となりました(公定歩合という名称も、2008年に基準貸付利率(基準割引率および基準貸付利率)に変わりました)。因みに、米国でも2000年頃まで公定歩合はFF金利よりも低かったのですが、米国では元々公開市場操作が中心的な役割を果たしていたことや、連銀貸出を受けた市中銀行が市場から不健全な銀行であるとみられるといった問題があり、そもそも日本ほどはこうした貸出が伸びていませんでした。
こうして伝統的金融政策の枠組みが整備されてきたわけですが、日本では1999年から、他の先進国でも2008年の世界金融危機にゼロ金利制約に直面し、伝統的金融政策が機能しない事態に陥ったことから、各国で代替的な金融政策手段が開発・運用されてきました。こうした金融政策は非伝統的金融政策と呼ばれていますが、どういったものがあるのかを、①量的緩和、②量的・質的緩和、③フォワードガイダンス、④貸出増加を支援するための資金供給、⑤マイナス金利政策にわけてみてみたいと思います(非伝統的金融政策の分類は、Borio and Zabai(2016)や中曽(2017)が有名ですが、こことは少し異なる分類をしているので、興味があれば参照して下さい)。
量的緩和は、政策金利をゼロまで引き下げるのに必要となる以上の準備預金を中銀の買いオペにより供給するというもので、考え方としては、準備預金は通常無利子ですが、銀行の貸出金利や債券利回りはゼロではないため、増加した準備預金はそういったものに振り向けられる(ポートフォリオリバランスが起きる)だろうというものです。日本で2001年から2006年まで行われた量的緩和政策が該当します。
量的・質的緩和は、各国で行われた金融政策で、量的緩和とは異なり、通常の公開市場操作の原則を崩した資産購入が行われました。通常の公開市場操作は、短期の国債を売戻条件付きで買うという方法で行います。それをこの場合には、売戻条件を付けずに購入し(これを買切り(Outright)といいます)、また、長期国債や多様な民間金融資産を購入しています。因みに、長期国債の購入を長期金利の誘導目標を定めて行う政策が、イールドカーブコントロールといえます(さらに余談ですが、オーストラリア準備銀行でも、2020年3月から2021年11月まで、3年物国債金利をターゲットとする一種のイールドカーブコントロールを行っていました)。
フォワードガイダンスは、中銀が先行きの政策に関する何らかの約束を行うことで、経済主体の予想に働きかけ、実体経済に波及させようというもので、働きかける対象としては、短期金利予想、インフレ予想、成長予想が採用されています。このうち1つ目については、中銀が将来の短期金利の水準を約束することで働きかけ、2つ目と3つ目については、中銀がインフレや成長率の上昇が起こるまで金融緩和を続けると約束することで働きかけます。
貸出増加を支援するための資金供給は、個別金融機関が貸出を増やした場合に中央銀行が優遇的な資金供給を行うことで、貸出増加を狙うというものです。この方法は大きく3つに分類でき、1つ目が、貸出を増やした金融機関に、中銀が貸出による資金供給を行うもので、日銀が2010年に始めた成長基盤強化支援資金供給や、2012年に始めた貸出増加支援資金供給が該当します。2つ目が、貸出を増やした金融機関に、短期国債を低い手数料で貸し出すという方法で、Bank of Englandで行われた政策(Funding for Lending Scheme:FLS)が該当します。3つ目が、貸出を増やした金融機関に、長期の買いオペにより資金供給を行う方法で、ECBの政策(Targeted Long-term refinance operation)が該当します。
マイナス金利政策は、政策金利をマイナスに誘導しようとする政策で、準備預金の一部または全部に、マイナスの付利を行うことになります。ただ、この方法には限界ないし問題点も指摘されています。その1つ目が、マイナス金利はどこまでも深掘りできないというものです。現金を銀行が保有するのはそれはそれでコストがかかるため、ある程度のマイナス金利は許容することになりが、それにも限界があるというものです。因みに、この限界を突破するための考え方として、例えば年が明けるたびに銀行券にその何%かの証紙を買って貼らないと使えなくなるという制度を制定するなどして、銀行券にマイナス金利を付けるというものがあります(これは現金に保有税をかけるという話ですが、これは発案者の名前にちなんでゲゼルスタンプといわれています)。また、将来的に現金が電子化された場合には、同様のことが行いやすくなるともいわれています(一方で、現金が電子化された世界でのマイナス金利の深掘りは、金融政策の効果を生まないとする指摘もあります(門間(2022)))。2つ目が、マイナス金利政策によって引き起こされる金利全体の低下が行き過ぎると、むしろ銀行経営の悪化を通じた金融システムの不安定化が起こり、信用の収縮や景気の悪化に繋がるというものです(これはリバーサルレート理論と呼ばれています(Abadi,Brunnermeier, and Koby(2023)))。
さて、こういった金融政策の波及経路については、これまで家計の消費に波及するメカニズム(Auclert(2019)で提示されたメカニズム)をいくつか紹介してきましたが、Mishkin(2012)でも企業や家計の設備投資・消費需要に及ぼすメカニズムを整理しています。
①Traditional Interest-Rate Channel:例えば金融緩和政策によって実質金利が低下すると、それは実質ベースの借入コストも低下することになるため、企業の設備投資が増加し、総需要も増加するというものです(これはケインズも指摘したメカニズム)。また、消費者が自動車や冷蔵庫、住宅といった耐久財へ支出することを通じても作用するとしています。さらに、ゼロ金利制約にある場合でも、将来の金融緩和政策を約束することでインフレ予想を引き上げ、実質金利を引き下げる(そのため総需要は増加する)ことができるとしています。
次に、金利以外の資産価格を通じたチャネルとして、以下の②~④をあげています。
②Exchange Rate Effects on Net Exports:このチャネルは、実質金利の低下により、自国通貨が減価し、そのため海外での自国の財が安くなることから、純輸出が増加し、結果として総需要も増加するとしています。
③Thobin’s q Theory:実質金利の低下は、債券の利回りの低下ももたらし、それによって株式の魅力が増すため、株価が上昇し、そのためトービンのq(=企業の市場価値/資本の再取得費用)も上昇して、設備投資が増加、つまり総需要も増加するとしています。
④Wealth Effects:実質金利の低下が株式や住宅の価値を押し上げ、それにより家計の住宅購入や、その他の消費が増えて、結果として総需要も増加するとしています。
最後に、金融市場における情報の非対称性の影響(つまり情報摩擦の影響)に関する効果として、以下の⑤~⑨をあげています。
⑤Bank Lending Channel:金融緩和政策によって銀行準備の増加や預金の増加が生じ、そのため銀行貸出も増えて設備投資や総需要が増加するとしています。また、この効果については、大企業よりも、より銀行貸出への依存度が高い小規模の企業への影響が大きくなるとしています。
⑥Balance Sheet Channel:実質金利の低下により株式の価値が増加し、それは企業の純資産価値も増加させるため、逆選択やモラルハザードのリスクが低下することから、貸付が増加し、設備投資や総需要も増加するとしています。
⑦Cash Flow Channel:名目金利が低下することで、企業のキャッシュフロー(=Cash Receipts-Cash Expenditures)が改善し、逆選択やモラルハザードのリスクが下がることで、借入が増加して、設備投資や総需要が増加するとしています。因みに、短期の負債に対する利払いは、長期の負債よりもキャッシュフローに大きな影響を及ぼすことも、指摘しています。
⑧Unanticipated Price Level Channel:金融緩和政策により、インフレ率や価格水準が予期せぬ形で上昇し、企業の純資産の実質額が増加することで、逆選択やモラルハザードのリスクが下がって、借入が増え、設備投資や総需要が増えるとしています。
⑨Household Liquidity Effects:金融緩和政策によって株式の価値が上がると、家計の金融資産の価値も上がり、家計はより安全な金融ポジションに立つことができて資金難に陥る可能性も下がるため、住宅の購入や他の耐久財の購入が増えると考えられ、結果的に総需要は増加するとしています。
Abadi, Joseph, Markus Brunnermeier, and Yann Koby (2023). “The Reversal Interest Rate.” American Economic Review, 113 (8), 2084–2120.
Borio, Claudio, and Anna Zabai(2016).”Unconventional Monetary Policies: A Re-appraisal.”BIS Working Paper No.570.
Mishkin, Frederic S.(2012)The Economics of Money, Banking, and Financial Markets Tenth Edition, Pearson Education Limited.
雨宮正佳(2017)、「イールドカーブ・コントロールの歴史と理論-「金融市場パネル40回記念コンファレンス」における講演」、日本銀行、2017年1月
中曽宏(2017)、「進化する金融政策:日本銀行の経験-「米国ニューヨーク連邦準備銀行主催セントラルバンキングセミナー」における講演」、日本銀行、2017年10月
門間一夫(2022)、「日本経済の見えない真実」、日経BP社
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