企業の異質性を考慮した時の最適な金融政策の分析

次に、企業の異質性を考慮した場合の最適な金融政策の分析を行った研究についてみていこうと思います。Reis and Watson(2010)では、金融政策で重要な経済指標となるインフレ率について、米国の分析を通して、相対価格変動の影響が重要であることを示していますが、相対価格の決定要因については、財の耐久性、価格硬直性、サプライチェーン構造が重要であると指摘する研究があります(Petrella,Rossi, and Santoro(2019))。そこでここでは、財の耐久性、価格硬直性、サプライチェーン構造、更には借入制約と資源配分の非効率性について、企業の異質性を考慮した研究をみていこうと思います。

企業が生産する財の耐久性の違いと金融政策効果の関係については、例えばDedola and Lippi(2005)やPeersman and Smets(2005)の欧米の実証分析で、耐久財を生産する産業と非耐久財を生産する産業とでは、耐久財を生産する産業の方が金融政策の波及効果がより大きくなることを示しています。また、最適な金融政策については、古くはErceg and Levin(2006)で耐久財部門と非耐久財部門の2部門を考えたDSGEモデルによる研究をしており、ここでは、前回(「経済主体の異質性を考慮しない場合の最適な金融政策(2024/11/07)」)異質性を考慮しない経済モデルのところで出てきたようなDivine Coincidenceは成立しないことや、耐久財の産出ギャップの安定などに大きなウエイトを置くことが最適となることを指摘しています。最近の研究としてはKreamer(2022)があり、ここでは労働生産性、需要の金利弾力性が業種間で異質的になるとするDSGEモデルを構築して分析を行い、金融政策を最適に行うため、業種ごとの需要の金利弾力性に応じて生産性をウエイト付けし、このトータルが最適になるようにすべきであることや、耐久財は在庫を貯めることが将来の生産を奪うことになるため、この需要の動学を考慮に入れた金融政策を行うべきでること、フォワード・ガイダンスを機械的に行うことで、耐久財を生産する産業の不確実性を小さくすることができることを指摘しています(もちろんこの場合もDivine Coincidenceは成立しません)。

次に、価格の硬直性の違いについて扱った分析をみてみます。実は、現実の社会では、価格の硬直性が均一ではないことが知られており、例えばサービス価格は財価格よりも硬直的であることがよく知られています(日本銀行(2021)のBox4、Higo and Saita(2007))。こうしたなかAoki(2001)では、価格改定が伸縮的な産業と硬直的な産業が存在する経済を考えたDSGEモデルを用いて分析を行い、価格が硬直的な産業のインフレ率をターゲットにして金融政策を行うことが、産出ギャップの縮小や相対価格の安定に繋がることから最適であると指摘しています。

サプライチェーン構造も、近年の金融政策の分析の中で注目が高まっています。特に1990年代後半以降、グローバリゼーションの拡大によって、いわゆるグローバル・バリューチェーンが発達し、国内でもIT産業の発展によって、例えば携帯向けアプリケーションサービスのような情報サービスや、モデム・Wi-Fiルータのリース業といった新しい対事業所サービスが生まれたことに伴って、趨勢的に深化を続けているといえます。こうした中例えばNakamura and Steinsson(2010)では、複数部門のDSGEモデルにサプライチェーン構造を組み込んで、金融政策の効果を米国について分析し、相応の影響力がある可能性を指摘しています。Boissay,Garcia-Appendini, and Ongena(2021)では、米国の分析から、政策金利の引き上げによってある企業の原材料の購入先のバランスシートが悪化することが、当該企業の活動を低下させることを示しています(このチャネルは一般にコストチャネルといわれており、メカニズムはある企業の原材料の購入先の企業が限界費用と価格が等しくなるように生産を行い、また生産のための要素投入を行う際には必ず前もって金融機関から借入を行うとするときに、金利の上昇から限界費用が上昇し、価格も上昇するため、その製品を原材料として購入している企業の経営も圧迫されると説明されます)。また、Petrella,Rossi, and Santro(2019)では、部門ごとに生産する財の耐久性、価格の硬直性が異なり、さらにサプライチェーン構造も組み込んだDSGEモデルを構築し、この場合、耐久財・非耐久財の別に価格の硬直性に応じてウエイト付けしたインフレ指標を作成して金融政策を行ったとしても、サプライチェーン構造を考慮しない場合には、インフレの動向を読み切れず(例えば、投入要素は生産コストの重要な部分を占めており企業の生産計画(価格設定を含む)に影響を及ぼすが、この動向やそれを受けた企業行動を読むことができない)金融政策にバイアスが生じると指摘しています。同様の趣旨からの指摘として、Petrella,Rossi, and Santro(2014)では、時間を通して不変なルール(最適化条件)を指定する、いわゆるtimeless perspectiveな金融政策(Woodford(1999)、マッカラム(2005))よりも、裁量的な金融政策の方が好ましいと指摘しています。ただ一方で、Pasten,Schoenle, and Weber(2020)やCastro(2019)では、米国の分析から部門間の価格硬直性の異質性は金融政策にとって重要であるものの、サプライチェーンにおける部門間の繋がりは金融政策にとって重要性が低いと指摘しています。

より最近の研究としてはLa’o and Tahbaz-Salehi(2022)があります。ここではサプライチェーン構造を有した複数生産部門を含むDSGEモデルを構築し、最適金融政策を分析しています。分析から、金融政策はアウトプット・ギャップのボラティリティと部門内における価格のばらつき度合い、さらに部門間における価格のばらつき度合いに関してトレードオフに直面するとしています。また、金融政策が安定させるべき価格指数について、アウトプット・ギャップのボラティリティを最小化する場合には、経済に占めるシェアや価格の硬直性が大きい部門に大きなウエイトが付され、部門内における価格のばらつき度合いを最小化する場合には、それらに加えて限界費用の金融政策に対する反応や代替の弾力性が大きい部門に大きなウエイトが付されるとしています。さらに部門間の価格のばらつきを最小化する場合には、価格の硬直性、上流部門との繋がりの深さ、上流部門における価格の金融政策に対する感応度、上流部門と他部門の繋がりの深さ、各部門のシェアに依存した複雑なウエイトになるとしています。因みに、Rubbo(2023)では、米国の分析から、インフレ率よりもアウトプットギャップをターゲットとした金融政策が、経済厚生上損失の少ない、より望ましい政策となると指摘しています。

このほか、Ascari,Bonam, and Smadu(2024)では、2国間に拡張したDSGEモデルを用いて、グローバルバリューチェーンのショックが国内のインフレ率に影響を及ぼす場合の最適な金融政策について分析し、仮に国内産業の輸入品への依存度が低い場合には、輸入品の値上がりは国内製品の需要増をもたらすため、最初に金融緩和政策を行いその後に引き締めを行うのが最適な金融政策になるが、依存度が上昇する場合には、輸入品の値上がりの国内製品へのパススルーの程度が大きくなるため、金融引き締め政策が最適となり、また仮に依存度が非常に高い場合には、引き締めの副作用にも注意して緩やかに金利を引き上げることが最適となるとしています(Bai et al.(2024)では、こうした時の金融引き締めは通常よりもインフレの抑制に有効となることや、一方で産出の反応は弱まることを指摘しています)。

最後に、資源配分の非効率性がある場合について分析したGonzalez et al.(2024)をみてみます。論文では、DSGEモデルに企業の生産性の異質性と借入制約を組み込んだモデルを用いて、政策金利を引き下げた時に借入制約がやわらぐが、これによって生産性の高い企業は生産性の低い企業と比べて設備投資をより大きく増加させ、このことがマクロレベルの資源配分の非効率性を解消しマクロの生産性(TFP)が上昇することを示し、スペインのミクロデータを用いたVAR分析からもこれを支持する結果を得ています(モデルでは各企業は純資産の定数倍までしか借入れを行えないこと(借入制約)が仮定されているほか、内生的に決まるある閾値以上の生産性を持つ企業のみが借入制約上限まで借入を行ったうえで生産を行い、それ以外の企業は生産を行わず、より生産性の高い企業に生産設備(純資産)を貸し付けるとしています。また、生産性の閾値については、実質金利や資本財の実質価格などの要素価格の関数として定まり、政策金利の引き下げにより上昇して、相対的に生産性の低い企業をクラウドアウトする(またこれによりマクロのTFPは上昇する)としています)。その上で論文では最適金融政策について分析し、今回の場合、負の需要ショックに対する金融政策について、Divine Coincidenceが成り立つとしています。ただ、今回のように借入制約が存在する経済では、負の需要ショックは負の供給ショックをもたらす、つまり企業の供給力やマクロのTFPの低下に繋がることから、こうした金融面の制約を考えない通常のモデルと比べて、政策反応関数は積極的になるとしています。さらに、ゼロ金利制約下では、負の需要ショックに対して長く低金利を継続する、”low for longer戦略”が効果的であるとしています。

さて、少し脱線してしまいましたが、次は本筋に戻って、非伝統的金融政策に関する研究をみていこうと思います。

Aoki,Kosuke(2001).”Optimal Monetary Policy Responses to Relative-Price Changes.”Journal of Monetary Economics,48(1),55-80.

Ascari, Gudio, Dennis Bonam, and Andra Smadu(2024).”Global Supply Chain Pressuresm Inflation, and Implications for Monetary Policy.”Journal of International money and Finance,142(103029).

Bai,Xiwen, Jesus Fernandez-Villaverde, Yiliang Li, and Francesco Zanetti(2024).”The Causal Effects of Global Supply Chain Disruptions on Macroeconomic Outcomes: Evidence and Theory.”NBER Working Paper No.32098.

Boissay, Frederic, Emilia Garcia-Appendini, and Steven Ongena(2021).”Ripple Effects of Monetary Policy.”BIS Working Papers No.957,Bank for International Settlements.

Castro,Nicolas(2019).”The Importance of Production Networks and Sectoral Heterogeneity for Monetary Policy.”mimeo.

Dedola,Luca, and Francesco Lippi(2005).”The Monetary Transmission Mechanism: Evidence from the Industries of Five OECD Countries.”European Economic Review,49(6),1543-1569.

Erceg,Christopher, and Andrew Levin(2006).”Optimal Monetary Policy with Durable Consumption Goods.”Journal of Monetary Economics,53(7),1341-1359.

González, Beatriz, Galo Nuño, Dominik Thaler, Silvia Albrizio(2024).”Firm Heterogeneity, Capital Misallocation and Optimal Monetary Policy,” ECB Working Paper No.2890, European Central Bank.

Higo, Masahiro, and Yumi Saita(2007).”Price Setting in Japan:Evidence from CPI Micro Data.”Bank of Japan Working Paper No.07-E-20.

Kreamer, Jonathan(2022).”Sectoral Heterogeneity and Monetary Policy.”American Economic Journal:Macroeconomics,14(2),123-159.

La’O,Jennifer, and Alireza Tahbaz-Salehi(2022).”Optimal Monetary Policy in Production Networks.”Econometrica,90(3),1295-1336.

Nakamura,Emi, and John Steinsson(2010).”Monetary Non-Neutrality in a Menu Cost Model.”Quarterly Journal of Economics,125(3),961-1013.

Pasten,Ernesto,Raphael Schoenle, and Michael Weber(2020).”The Propagation of Monetary Policy Shocks in a Heterogeneous Production Economy.”Journal of Monetary Economics,116,1-22.

Peersman,Gert, and Frank Smets(2005).”The Industry Effects of Monetary Policy in the Euro Area.”Economic Journal,115(503),319-342.

Petrella,Ivan, Raffaele Rossi, and Emiliano Santoro(2014).”Discretion vs Timeless Perspective under Model-Consistent Stabilization Objectives.”Economic Letters,122(1),84-88.

Petrella,Ivan, Raffaele Rossi, and Emiliano Santoro(2019).”Monetary Policy with Sectoral Trade-Offs.”Scandinavian Journal of Economics,121(1),55-88.

Reis,Ricardo, and Mark W. Watson(2010).”Relative Goods’ Prices, Pure Inflation, and the Phillips Correlation.”American Economic journal:Macroeconomics,2(3),128-157.

Rubbo,Elisa(2023).”Networks, Phillips Curves, and Monetary Policy.”Econometrica,91(4),1417-1455.

Woodford,Michael(1999).”Commentary:How Should Monetary Policy Be Conducted in an Era of Policy Stability?”speech at the New Challenges for Monetary Policy sponsored by Federal Reserve Bank of Kansas City on August 26-28.

日本銀行(2021)、「経済・物価情勢の展望 2021年4月」

マッカラム,T.B.(2005)、「金融政策の最適性に関する適切なパースペクティブは何か?」、『金融研究』第24巻第3号、日本銀行金融研究所、41~54頁

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