非伝統的金融政策と家計の異質性

それでは次に、非伝統的金融政策に関する研究をみてみたいと思います。以前の投稿(「伝統的金融政策と非伝統的金融政策(2024/10/31)」)でもみたように、非伝統的金融政策というのは、政策金利がゼロまで下がり切ってしまい、中央銀行が伝統的金融政策によってこれ以上金融緩和を行うことができなくなった場合を念頭に編み出された金融政策手法といえます。長期停滞のところでも触れましたが、現在先進国の間では、自然利子率(経済や物価に対して引き締め的にも緩和的にも作用しない中立的な実質金利の水準)が歴史的に低水準にあることが指摘されており、そのため、今後も頻繁にゼロ金利制約に陥ることが懸念されています。こうしたことから、非伝統的金融政策への注目は高まっているのですが(Duart et al.(2020))、ゼロ金利制約下において、非伝統的金融政策が伝統的金融政策の役割を補うことができるのかどうかについては、肯定的な研究(Swanson and Williams(2014)、Debortoli,Gali, and Gambetti(2019))がある一方で、否定的な研究(Eggertsson and Woodford(2003)、Gust et al.(2017)、Eberly, Stock, and Wright(2020))もみられるという状況にあります。

そうした中で、量的緩和政策とフォワードガイダンス政策に関する研究をみていこうと思います。Ragot(2023)では、量的緩和政策に焦点をあてた分析を行っています。ここでは、貨幣保有の家計間の異質性と、金融市場への参加の有無の異質性を考慮したモデル(ただし、企業部門は考えておらず、また価格の硬直性も入っていない)を考えて、量的緩和政策として、公開市場操作とヘリコプターマネーの効果が、ゼロ金利制約下でどのようになるかを分析しています。結果として、公開市場操作、ヘリコプターマネーともに実体経済に効果を及ぼすと報告しており、この理由としては、こういった緩和政策を行うことで、金融市場へ参加しかつ流動性制約にある家計が、借入を行って貨幣保有量を増やすためであるとしています。また、ヘリコプター・マネーについては、こうした再分配効果は公開市場操作と比べて小さく、一方で公開市場操作では最適な配分を実現するとしています。

Ferrante and Paustian(2019)では、フォワードガイダンス政策に焦点をあてた分析として、所得、消費量が家計間で異質的であり、なお且つ家計間での貸借を可能(貸借の金額は家計間で異なるが、借入制約は一律としています)とするHANKモデルを用いた分析を行い、これをRANKモデルの結果と比較して、フォワードガイダンス政策の効果がより大きくなるという結果を報告しています。この要因として、論文では3点をあげています。1つ目は、将来にわたり低金利を継続するとアナウンスすることで、現在流動性制約にはなくとも将来に不安を抱えている家計の予備的貯蓄動機を和らげ、消費を押し上げるというものです。2つ目は、このアナウンスが金利エクスポージャー・チャネルを通じて、以前の投稿(「資産や負債の価値の変化を通じた金融政策の波及効果1-金利エクスポージャー・チャネル(Interest Rate Exposure Channel)(2024/9/20)」)の後半部分でみたような、将来の収支がプラスになると見通せており、現時点で積極的に借入を行うことを考えている家計の借入を促進するとしています。3つ目は、フィッシャー・チャネルを通じた名目債務の押し下げ効果で、特に流動性制約にある家計の消費の押し上げ効果が大きくなるとしています。

参考まで、企業に関する研究をみてみると、Sims,Wu, and Zhang(2022)では、2種類の金融摩擦を組み込んだDSGEモデルを用いた分析を行っています。1つ目の金融摩擦は企業が生産要素の1つである資本財を購入するためには、社債を発行して購入資金の一部をファイナンスする必要があるとする、銀行借入制約になります。2つ目の金融摩擦は、銀行が計画倒産を起こさないための制約条件で、銀行は計画倒産して社債等の資産の一部を持ち逃げすることが可能であるものの、合理的な家計を仮定することで、こうした時に預金の一部を毀損するような銀行に対しては家計が預金をしなくなるため、銀行が預金を集めるには計画倒産して持ち逃げできる資金の保有量を、銀行営業の継続価値の範囲内に留める必要が生じ、このため、銀行は計画倒産せずに事業を継続した方が得ということになり、計画倒産しないということになります。このことは、銀行の社債投資についてレバレッジ制約が生じることを意味するため、銀行は社債保有に対してより高い利回りを要求することになります。この2つの金融摩擦が存在する下では、中央銀行が外生的かつ持続的に社債保有量を増加させる量的緩和政策により、まず、銀行のレバレッジ制約が緩和されることで社債利回りが低下し、これによって銀行借入制約に直面する企業を中心に設備投資が喚起され、結果としてマクロの産出量が増加するとしています。

他には、実証分析の論文で、Bottero et al.(2022)では、欧州と米国の分析から、マイナス金利政策についても、特に流動性制約の強い中小企業を中心として効果があり、設備投資や賃金上昇に繋がったと指摘をしています。

さて、ここまでの分析は家計の所得や資産の異質性を考慮した分析をみてきましたが、各家計が経験するインフレ率には異質性を考えてきませんでした。前回の投稿(「企業の異質性を考慮した時の最適な金融政策の分析(2024/11/15)」)でも出た話ですが、世の中のモノやサービスの価格改定は一律ではなく、そのため消費バスケットの違いを通じて、各家計が経験するインフレ率に違いが生じ、このことも消費に影響する可能性があります。また、インフレ予想についても、家計の間で異なっていることが考えられます。そこで、次はそういった研究を順に少し見ていこうと思います。

Bottero, Margherita, Camelia Minoiu, José-Luis Peydró, Andrea Polo, Andrea F. Presbitero, and Enrico Sette(2022).” Expansionary Yet Different: Credit Supply and Real Effects of Negative Interest Rate Policy,” Journal of Financial Economics,146(2),754-778.

Debortoli, Davide, Jordi Gali, and Luca Gambetti(2019).”On the Empirical (Ir)Relevance of the Zero Lower Bound Constraint.”in NBER Macroeconomics Annual 2019,University of Chicago Press.

Duarte,Fernando, Benjamin K. Johannsen, Leonardo Melosi, and Taisuke Nakata(2020).”Strengthening the FOMC’s Framework in View of the Effective Lower Bound and Some Consideration Related to Time-Inconsistent Strategies.”Finance and Economics Discussion Series No.2020-067, Division of Research & Statistics and Monetary Affairs, Federal Reserve Board.

Eberly,Janice C., James H. Stock, and Jonathan H. Wright(2020).”The Federal Reserve’s Current Framework for Monetary Policy: A Review and Assessment.”International Journal of Central Banking,16(1),5-71.

Eggertsson,Gauti B., and Michael Woodford(2003).”Zero Bound on Interest Rates and Optimal Monetary Policy.”Brookings Papers on Economic Activity,2003(1),139-233.

Ferrante, Francesco, and Matthias Paustian(2019).”Household Debt and the Heterogeneous Effects of Forward Gudance.”international Finance Discussion Papers No.1267,Board of Governors of the Federal Reserve System.

Gust, Christopher, Edward Herbst, David Lopez-Salido, and Mattew E. Smith(2017).”The Empirical Implications of the Interest-Rate Lower Bound.”American Economic Review,107(7),1971-2006.

Ragot,Xavier(2023).”Optimal Monetary Policy in a Liquidity Trap with Heterogeneous Agents.”Annals of Economics and Statistics,149.

Sims, Eric R., Jing C. Wu, and Ji Zhang(2022).”Unconventional Monetary Policy According to HANK.”NBER Working Papers No.30329.

Swanson,Eric T., and John C. Williams(2014).”Measuring the Effect of the Zero Lower Bound on Medium- and Longer-Term Interest Rates.”American Economic Review,104(10),3154-3185.

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