では今回は、各家計が実際に経験するインフレ率が異なることを分析した研究をみていこうと思います。近年のインフレ下では、インフレの影響は平等なのか?、家計の間で、実際に直面するインフレ率は違うのではないのかといったことが注目されています(日本経済新聞(2022a,b)、Weber,Gorodnichenko, and Coibion(2023))。また、こうしたことは、もっと以前も度々指摘されています(Michael(1979)、Kaplan and Schulhofer-Wolf(2017)、Jaravel(2021))。では、金融政策ショックについては、どうなのでしょうか。
以前の投稿にもある通り、一般にサービス価格は財価格よりも硬直的であることが知られていますが、なんとなくのイメージとして、高所得層はサービス支出がより多くなりそうな気がします。ということは、低所得層の方が価格変動の影響をより強く受けるのでしょうか。
Cravino,Lan, and Levchenko(2020)では、米国の高所得層と中所得層について、ミクロデータを用いて消費バスケットを作成し、高所得層の消費バスケットの価格が、中所得層の消費バスケットの価格よりも硬直的になることを示しています。ということはつまり、所得が低い層の方が、金融政策に伴う価格変動の影響をより受けるということになります。また、このようになる一因として、論文では所得の高い家計では、サービス支出の割合が大きくなることがあげられるとしています。
もう1つ、Kim(2019)では異なる視点から分析を行っています。論文では、米国について、同一品目の中の複数のブランドについて分析を行い、価格が低いブランドは価格が高いブランドに比べて価格改定頻度が多く、価格改定幅も大きくなることを示しています。また、所得が高くなるほど価格の低いブランドの需要が低下することも示しています。このことも、所得が低い層の方が、より金融政策に伴う価格変動の影響を受けることを示しています。
これで全てなのかと思いきや、さらに別のメカニズムを指摘する研究もあります。Ampudia,Ehrmann, and Strasser(2024)では、ユーロ圏の分析から、所得階層間で異質性があると指摘していますが、そのメカニズムとしては、消費バスケットの違いに加えて、家計の購買行動の違い(購入するブランドを変更するか否か等)が影響を及ぼすと指摘し、後者については、高所得層の消費バスケットの価格反応が相対的に大きく反応するように作用すると指摘しています。つまり、例えば金融政策によりインフレが生じる場合を考えると、低所得層の家計では、価格上昇の影響が自身に及ばないように、購入する商品の代替を行うのに対し、高所得層では、そうしたことは起こらないということになります。
Kiss and Strasser(2024)でもフランスとドイツの分析から、家計の購買行動(買い回り行動、一度に大量購入してしまうこと、特定の店舗やブランドの購入へのこだわりなど)が影響するとしています。また、加えてここでは、地域性(例えば都市部か地方か)がより重要な要因として作用するとも指摘しています。
モデルを用いた分析も少し触れておこうと思います。Lan,Li and Li(2024)では、米国の分析から、限界消費性向が高い家計ほど価格が伸縮的な商品を消費する傾向があると報告し、さらにTANKモデルを用いてこの関係を組み込んだ金融政策の効果の分析を行い、消費バスケットを均質的に扱う場合と比較して、金融政策の効果が15%程度低下するとしています。
一方で、Bobasu,Dobrew, and Repele(2024)では、HANKモデルを用いた分析を行い、消費バスケットの違いを通じた効果は重要ではなく、通常のメカニズム(低所得層では所得を通じた効果、高所得層では異時点間代替効果)が重要であると指摘しています(実際に経験するインフレ率の影響がそれほど大きくないという指摘は、Yang(2022)でもされている)。
Ampudia,Miguel, Michael Ehrmann, and Georg Strasser(2024).”Shopping Bahavior and the Effects of Monetary Policy on Inflation Heterogeneity along the Income Distribution,”Journal of Monetary Economics,148(103618).
Bobasu,Alina, Michael Dobrew, and Amalia Repele(2024).” Energy Price Shocks, Monetary Policy and Inequality,” ECB Working Paper No.2967,Europe Central Bank.
Cravino, Javier, Ting Lan, and Andrei A. Levchenko(2020).”Price Stickiness along the Income Distribution and the Effects of Monetary Policy,”Journal of Monetary Economics,110,19-32.
Jaravel,Xavier(2021).”Inflation Inequality:Measurment, Causes, and Policy Implications,”Annual Review of Economics,13,599-629.
Kaplan,Greg, and Sam Schulhofer-Wohl(2017).”Inflation at the Household Level,”Journal of Monetary Economics,91,19-38.
Kim,Seongeun(2019).”Quality Price Stickiness, and Monetary Policy,”Journal of Macroeconomics,61.
Kiss,Regina, and Greg Strasser(2024).”Inflation Heterogeneity across Households,”ECB Working Paper No.2898.
Lan, Ting, Lerong Li, and Minghao Li(2024).”Cyclical Inequality in the Cost of Living and Implications for Monetary Policy,”mimeo.
Michael, Robert T.(1979)”Variation across Households in the Rate of Inflation,”Journal of Money, Credit and Banking,11(1),32-46.
Weber, Michael, Yuriy Gorodnichenko, and Olivier Coibion(2023).”The Expected, Perceived, and Realized Inflation of US Households Before and During the Covid 19,”IMF Economic Review,71(1),326-368.
Yang,Yucheng(2022).”Redistributive Inflation and Optimal Monetary Policy.”mimeo.
日本経済新聞(2022a)、「低所得層ほど物価高体感、7月2.7%上昇 高所得層は2.2%」、2022-8-19朝刊
日本経済新聞(2022b)、「インフレが問う(Ⅰ)体感物価、低所得層1.5倍 欧州エネ高騰、ガス年60万円 試される民主主義」、2022-9-20朝刊
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