ではまず、スルツキ―=フリッシュによる不規則衝撃(random shock)の理論に関連する研究をみていこうと思います。この考え方は、均衡状態の経済を出発点とし、これに確率的ショックが加わることで揺さぶられ、景気循環が生じるというものです。スルツキ―は1930年代に確率ショックで変動がおこるモデルをすでに提示しており、フリッシュも同じ頃に、ショックの波及過程として経済変動を捉える研究を行っています。
この確率的ショックを、予期せぬ貨幣供給ショックとしたのが、ルーカスのモデル(Lucas(1972,1975))です。ここでは、ハイエクが唱えた不完全情報という概念を(Hayek(1954))マクロ経済学に応用しており、予期せぬ名目貨幣ショックが生産に影響を及ぼすことになります。
1つ、簡単な例をみてみたいと思います。生産をy、物価水準をpとします(共に対数表記)。ある企業iの生産は、自社の財の価格piと、一般物価水準に関する期待値Ei[p]の差分(つまり、相対価格の対数表記)で調整され、
yi=pi-Ei[p]
と書けます。また、Ei[p]については、事前の信念をpとし、さらに0<λ<1とすると、ベイズ更新により、
Ei[p]=λpi+(1-λ)p=p+λ(pi-p)
と更新されます。このためマクロでは、
y=∫yi di=∫(pi-Ei[p])di=(1-λ)∫(pi-p) di=(1-λ)(p-p)
という関係が得られます。これは、予期せぬ物価変動がマクロの生産量に影響を及ぼすということを示していますが、言い換えれば、予期せぬ名目貨幣ショックが生産に影響を及ぼすということになります。
ただこのモデルは、貨幣供給量のようなマクロ統計が公表されると即座に経済主体が調整を行うため、効果が一時的なものにとどまってしまうことや、情報の不完全性によって経済に関して誤認が生じる場合、誤認しない経済主体は誤認する主体を出し抜いて経済的利益を得ることが可能になるため、合理的な経済主体であれば情報には積極的に対価を支払うと考えられますが、ルーカスのモデルでは情報の売買は行われず、利潤機会が残ったまま均衡してしまうため、古典的な均衡概念になじまないといった批判がされました(他にも、このモデルでは予期された名目ショックは実体経済に影響を及ぼさないことになっており、その点も批判されました)。
そうした中、1980年代に入ってルーカスのモデルに対する信頼に陰りがみえ、合理的期待形成学派の中から、経済主体が誤認をしなくても、外生的ショックによって経済循環に似た産出量の変動が生じる理論が提示されました。それがReal Business Cycle理論となります。
因みに、こうして一度表舞台から姿を消したルーカスのモデルですが、2000年代に入ってから、このモデルを拡張した不完全情報理論の研究として、再度脚光を浴びることになります。この点については、今後整理したいと思います。
Real Business Cycle理論では、確率的ショックを実物的ショックとしています。この理論はKydland and Prescott(1982)によって定式化されましたが、基本的なモデルはラムゼイの最適成長モデルと大きく変わらず、外生的ショックとしてTFPの外生的変化を考えているところだけが新しい部分となります。
このモデルについては、労働供給に関する説明力が低いことが指摘されています。モデルでは、労働供給は異時点間代替効果を通じて比較的大きく変動するようになっているのですが、ミクロデータからは、一般に労働供給の異時点間代替の弾力性は小さいことが示されており、モデルでみられるような大きな労働供給の変動には繋がりません。また、労働需要が労働供給に影響を及ぼすのは、それが賃金に影響を及ぼす経路のみによると予想しているのですが、ミクロ分析からは、賃金に影響する経路以外の要因が作用することも指摘されています。
この点については、一部改良を試みた研究があります。Hansen(1985)やRogerson(1988)では、米国経済の分析の際に、労働者1人あたりの労働時間を外生とおき、労働者数のみによって総労働時間が変化すると仮定しました(具体的には、労働者一人当たりの労働時間が、ゼロか正のある値のどちらかをとるとする比較的極端な仮定を置いています)。これは、米国における労働時間の調整が主にExtensive Margin(すなわち、雇用・解雇)で起きているという観測に基づいているのですが、こう仮定することによって、総労働時間の弾性値が上昇し、米国の労働の変動幅を説明できることを示しています。ただ、それでも批判は尽きない状況にあります。
他の批判としては、TFPショックとして用いているソロー残差に、技術革新以外の要因が反映されているというものがあります。例えばBernanke and Parkinson(1991)では、米国の戦前の大恐慌が技術後退で生じたとは考えづらいにも関わらず、ソロー残差が大恐慌期においても戦後期と同程度に産出と共変していることを示しています。また、Hall(1988)では米国のソロー残差の変動が大統領の政党や軍事支出の変化、石油価格と相関していることを示していますが、これらの要因についても、短期的に技術に大きな影響を及ぼすとは考えにくいといえます。仮にTFPショックが実際にはソロー残差の変動から示唆されるものよりもずっと小さい場合には、モデルが経済変動を説明する能力も小さくなってしまいます。
以上が前回紹介した、第1のアプローチに関する2つの流れですが、こうした中、1980年代中ごろから、ケインズ経済学にも様々な改良が加えられ、ニューケインジアンの経済学と呼ばれるようになりました。そこで、次はそこを整理していこうと思います。
Bernanke, Ben S., and Martin L. Parkinson(1991).”Procyclical Labor Productivity and Competing Theories of the Business Cycle: Some Evidence from Interwar U.S. Manufacturing Industries,”Journal of Political Economy,99(3),439-459.
Hansen, Gary D.(1985).“Indivisible Labor and the Business Cycle.”Journal of Monetary Economics 16,309-327.
Hayek, Friedrich A.(1945).“The Use of Knowledge in Society,” American Economic Review, 35(4), 519–530.
Hall, Robert E.(1988).”The Relation between Price and Marginal Cost in U.S. Industry,”Journal of Political Economy,96(5),921-947.
Kydland, Finn E., and Edward C. Prescott(1982).“Time to Build and Aggregate Fluctuations,”Econometrica, 50, 1345-1370.
Lucas, Robert E.(1972).“Expectations and the Neutrality of Money,” Journal of Economic Theory,4(2), 103–124.
Lucas, Robert E.(1975).“An Equilibrium Model of the Business Cycle,” Journal of Political Economy, 83(6),1113–1144.
Rogerson, Richard(1988).“Indivisible labor, lotteries and equilibrium.”Journal of Monetary Economics,21, 3-16.
Woodford, Michael(2003).“Imperfect Common Knowledge and the Effects of Monetary Policy,” in P. Aghion, R. Frydman, J. Stiglitz and M. Woodford, eds. Knowledge, Information,
And Expectations in Modern Macroeconomics: In Honor of Edmund S. Phelps, Princeton University Press.
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