ニューケインジアン経済学の初期の展望論文としては、Fisher(1988)、Gordon(1990)、Mankiw(1990)、Romer(1993)などがあり、1990年までの主要な文献の多くはMankiw and Romer(1991)に収められています。
ニューケインジアンモデルの特徴の1つは、家計部門と企業部門をそれぞれモデル化しているところです(例えばGali(2015))。家計の問題は、Real Business Cycleモデルとそれほど変わらず、無限期間生きる代表的な家計を考え、その無限期間分の総効用(割引現在価値)の最適化を行っています。ただ、このモデルでは複数の財が存在する世界を考えているので、家計の消費は複数の財の消費の合計として描かれているところは、Real Business Cycleモデルとは異なります。また家計の(総)消費、これは実質ベースですが、これは家計の総支出(名目値)に対して最大になるようにモデル化しています(つまりは、裏を返せば、(総)消費を制約条件とした支出の最小化問題を解いていることになります)。
生産部門は、複数の企業がそれぞれ少しずつ異なる財を生産しており、自社製品の生産数量・価格に対してある程度の独占力を有した、独占的競争モデルに従っているとしています。このため、費用最小化問題や利益最大化問題を解いて、数量や価格を決めています。ただ、価格設定については、一般に完全に自由には行えない(硬直性がある)という仮定を置いています。具体的にこのことをモデルに反映させる方法は様々ありますが、Calvo(1983)が提示した、毎期一定の価格改定確率を企業が有するという設定が最も一般的で、初期の研究にはYun(1996)といったものがあります。他には、価格改定にはメニューコストと呼ばれるものがかかり、状況次第で価格が改定されるとするDotsey,King, and Woleman(1999)のようなアプローチもあり、例えばDotsey and King(2005)やGolosov and Lucas(2007)ではこれを組み込んで、金融政策の効果を分析しています。
企業の価格改定が伸縮的に行われない(硬直的になる)ことをモデルに組み込む意義としては、価格改定をしないことのマクロ経済への影響が、相応に大きくなりうるということにあります。1つ例を考えてみると、今経済の貨幣供給を増やす場合を考え、ただメニューコストがあるために、全ての企業が価格を引き上げないとします。一般にメニューコストはそれほど大きくないのですが、そのため今の場合、価格を最適な水準に変えないことによる企業収益へのマイナスの影響は非常に小さく、マクロでも2次のオーダーでしか影響を及ぼさないと考えられます。ただ、一方で貨幣供給が増える中で価格を変えないことは、実質貨幣供給の増加を意味することになり、これはマクロで1次のオーダーで影響します。具体的には、今の場合価格が変わらないので、数量面でプラスの効果が生まれると考えられます。後者のこうした効果は総需要外部性といわれています。
なぜ貨幣供給量の増加がこのような結果をもたらすのかというと、今の場合、企業は独占的競争を仮定しているため、完全競争の場合と比べて、経済には非効率性が存在(例えば企業の価格設定が高くなりがちになるとか)しており、貨幣供給量の増加の効果は、この非効率性の解消に繋がる(例えば価格が変わらないことで結果割安になり、それによって各財の需要が増えてより効率的な状態に近づく等)ことになります。これは政策的にも重要なことで、金融政策により非効率性が解消されるのであれば、効率的な経済の実現のための公的部門の貢献として期待できる、ということになります。
ここまでは、基本的なニューケインジアンモデルをみてきましたが、他にも様々な拡張を行った研究があり、例えばその1つとして、賃金硬直性を導入したものがあります。この場合の特徴の1つとして、これまで代表的な家計を考えてきた家計部門についても、提供する労働サービスに異質性があるとするモデル化を行っていることがあります。
1つ例をみてみると、Erceg,Henderson, and Levin(2000)では、既にみたような財市場の価格改定の硬直性に加えて、労働市場でも名目賃金が硬直的であるとするニューケインジアンモデルを構築しています。(先ほど触れませんでしたが、)価格については、企業が確率的に価格改定を行うと仮定したモデルから、物価版のニューケインジアン型のフィリップス曲線(New Keynesian Phillips Curve:NKPCと書くことが多い)を導出しています。
一方で賃金については、提供する労働サービスが家計間で異質性があるとした上で、各家計がそれぞれ賃金交渉力を持ち、名目賃金を決定するとしています(因みに、企業は所与の実質賃金のもとで労働需要を決定します)。ただ、名目賃金は伸縮的に変えることはできないとし、これを表現するためCalvo型のモデルを導入しています。ここから、賃金版のニューケインジアン型のフィリップス曲線(New Keynesian Wage Phillips Curve: NKWPC)が導出されます。
2本のフィリップス曲線の特徴をみてみると、まず物価については、インフレ率がGDPギャップに加えて、実質賃金ギャップからも影響を受けます。これはつまり、実質限界費用がインフレ率に影響を及ぼすわけですが、その実質限界費用はGDPギャップと実質賃金ギャップから影響を受けている、ということです。また、名目賃金のインフレ率についても、GDPギャップと実質賃金ギャップの影響を受けます。ただ、影響の受け方は2本の式で異なっており、例えば実質賃金ギャップが正の場合、つまり現実の実質賃金が均衡実質賃金を上回る場合、物価のインフレ率は上昇圧力を受けるのに対し、賃金のインフレ率は低下圧力を受けることになります。論文ではさらに、金融政策がGDPギャップの安定化と物価インフレ率、賃金インフレ率の安定化の間のトレードオフに直面することも理論的に指摘しています。
このほか、Gali(2011)では実質賃金ギャップを失業率に置き換えるため、モデルの家計の部分に変更を加えています。変更点としては、家計が賃金水準を決定した後で、さらにその賃金水準で働くことで得られる限界効用と労働の負の効用を比較し、労働供給を行うかどうかを決定するというプロセスを加え、労働供給を行わない場合にはゼロ、行う場合にはあらかじめ決まった労働供給を行うとすることです(これは前回みたHansen(1985)と同じ考え方といえます)。一方で、労働需要は企業の方で決まるので、その乖離率を失業率とし、最終的に賃金インフレ率と失業率ギャップ(現実の失業率と自然失業率の差分)の形の賃金フィリップス曲線を導出しています。
ここまでは賃金の硬直性をCalvo型の確率的なモデルで扱ってきました。これに対して、賃金改定に調整コストがかかり(もちろん、モデルの家計側にかかる調整コスト)、状況次第で賃金が改定されると考えるモデルも存在するのですが、Iwasaki,Muto, and Shintani(2018)では、こうした先行研究をもとに、家計が賃金水準を決める際に、賃金インフレ率が低下する場合と上昇する場合とで、前者の方が加速度的に調整コストが大きくなっていくような、非対称な賃金調整コスト関数をモデルに組み込み、さらにGali(2011)の方法によりフィリップス曲線の説明変数を実質賃金ギャップではなく失業率ギャップに置き換えたモデルを用いた分析を行っています。具体的には、モデルから、仮に賃金調整コストがかからない場合の失業率(自然失業率)を求め、これと実際の失業率や賃金インフレ率から、横軸に失業率ギャップ、縦軸に賃金インフレ率をとったグラフを書いた場合、横軸の失業率ギャップが上昇していったとしても、賃金インフレ率があるところから下がらず一定となる、いわゆる賃金の下方硬直性がみられることを、日本などについて示しています。
さらに平田・丸山・嶺山(2020)では、企業が名目賃金を決定するモデルを用いた分析を行っています。導出は、家計と企業の間に長期的な雇用関係を仮定し、さらに家計が実質賃金の水準や名目賃金の上昇率に応じて労働強度を決定するとしたうえで、各家計が企業との長期的な雇用関係から生み出す収益の割引現在価値が最大になるように、名目賃金、および労働時間を決定しています。このようにして(ある)家計の賃金関数を、賃金の下方硬直性がある場合とそうでない場合について導出し、両者を比較することで、景気後退局面で賃金の下方硬直性が存在することが、その後の景気回復局面で賃金が上がっていかない、賃金の上方硬直性を生む可能性を指摘しています。メカニズムは2つあり、1つは、企業が景気後退局面で賃金を十分に下げられないために、その後の景気回復局面で賃上げが進まないということで、もう1つは、回復局面にあっても、企業が賃金を容易に引き下げられないというリスクを意識して、賃金の引き上げに躊躇するというものです。後者のメカニズムについては、経済の期待成長率が低下する時や、成長の不確実性が高まる時に強まることも示しています。また、こうしたメカニズムから、賃金の下方硬直性の存在は賃金版のフィリップス曲線をフラット化させることも指摘しています。
論文ではさらに日本の正社員のパネルデータを用いた実証分析を行い、月給(賞与を除く)の動きについて、名目賃金の下方硬直性が、2010年から2017年にかけた労働需給改善局面におけるマクロの正社員の月給上昇率を押し下げたことや、特に労働需給の引き締まりが顕著になった2010年代後半においては、2つ目のメカニズムが相対的に強まっていたと指摘しています。
Calvo, G.(1983).“Staggered Prices in a Utility-maximizing Framework,”Journal of Monetary Economics,12,383 398.
Dotsey, M., R. King, and A. Woleman(1999).“State-dependent Pricing and the General Equilibrium Dynamics of Money and Output,”Quarterly Journal of Economics, 114, 655-690.
Dotsey, M., and R. King(2005).“Implications of State-dependent Pricing for Dynamic Macroeconomic Models,”Journal of Monetary Economics,52,213-242.
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Fisher, Stanley(1988).”Recent Developments in Macroeconomics,”Economic Journal,98,294-339.
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Galí, Jordi(2015).Monetary Policy, Inflation, and the Business Cycle: An Introduction to the New Keynesian Framework and Its Applications,Princeton university Press.
Golosov, M. and R. Lucas(2007).“Menu Costs and Phillips Curves,”Journal of Political Economy,115, 171-199.
Gordon, Robert J.(1990).”What is New-Keynesian Economics,”Journal of Economic Literature,28,1115-1171.
Hansen, Gary D.(1985).“Indivisible Labor and the Business Cycle.”Journal of Monetary Economics 16,309-327.
Iwasaki,Yuto, Ichiro Muto, and Mototsugu Shintani(2018).”Missing Wage Inflation? Estimating the Natural Rate of Unemployment in a Nonlinear DSGE Model.” IMES Discussion Paper Series No.2018-E-8.
Mankiw, N. Gregory(1990).”A Quick Refresher Course in Macroeconomics,”Journal of Economic Literature,28,1645-1660.
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Yun, T.(1996).“Nominal Price Rigidity, Money Supply Endogeneity and Business Cycle,”Journal of Monetary Economics, 37,345-370.
平田渉・丸山聡崇・嶺山友秀(2020)、「賃金版フィリップス曲線のフラット化と名目賃金の下方硬直性: 2010年代の経験」、日本銀行ワーキングペーパーNo.20-J-3
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