今回は経済主体のインフレ予想の期待形成が合理的期待仮説に従っていない場合のモデルをみていこうと思います。そうしたものの中の1つが、前回少し紹介した粘着情報仮説になります。この仮説については、経済主体が意思決定に用いる情報は必ずしも無償で獲得できるとは限らず、例えば情報収集の限界費用がその限界便益と比べて高い場合には、経済主体は必ずしも最新の情報を用いて意思決定するとは限らないと考えると、比較的自然な仮説といえます。
Mankiw and Reis[2002]は、企業の保有する情報が即座に調整されないとするモデルを提示し、情報の粘着性がインフレの慣性を説明できることを理論モデルによって示しています。粘着情報モデルでは、経済構造の知識は既知であるが、企業が持つ情報が最新のものに更新されるには時間がかかり、企業は新しい情報や古い情報など異なった情報に基づいて価格を改定します。その結果、経済全体におけるインフレ予想は新しい情報と古い情報に基づく予想の加重平均となります。この意味で、粘着情報モデルは期待形成の遅れがバックワードルッキングな要素を作り出すモデルとして解釈できます。
ただし、Mankiw and Reis[2002]の粘着情報モデルでは、情報は粘着的ですが、価格は自由に変更できるため、企業は将来の限界費用の変動に応じて自由に価格を改定でき、そのため、将来変数に依存したフォワードルッキングな構造がありません。
Dupor,Kitamura, and Tsuruga[2010]は、価格の粘着性と情報の粘着性の両方を仮定することにより、理論的に根拠の乏しいハイブリッド型NKPCの仮定を用いることなく、NKPCが持つフォワードルッキングな要素と粘着情報モデルが持つバックワードルッキングな要素を持つモデルを提示しています。また論文では、このモデルを用いて米国経済の推計を行っています。その結果、価格の粘着性がもたらすフォワードルッキングな要素と、情報の粘着性がもたらすバックワードルッキングな要素がともに重要であり、また価格の粘着性の方が相対的に重要であることを示し、さらにこの2つの粘着性をもつモデルは、ハイブリッド型NKPCとほぼ同程度の実証的パフォーマンスを示すことを指摘しています。
もう1つ、これとは異なる仮説として、経済主体は現在および過去の実際の経済の動きを観察することによって、経済の変動法則に関する知識を経験的に習得すると考える、適応的学習(adaptive learning)もあります。このメカニズムを導入して、ハイブリッド型NKPCの推計を行ったMilani[2005]をみてみると、ここではまず、ハイブリッド型NKPCの誘導形として、経済主体が次のAR(1)モデルを認めていると仮定しています。

etは適応的学習における推計誤差です。また、パラメータは、経済主体の適応的学習により毎期改定されるとしています。その上で経済主体は、1期先の予想をこの式に基づいて

とします。ここで、左辺は適応的学習に基づくインフレ予想です。このインフレ予想を、ハイブリッド型NKPCのフォワードルッキングなインフレ予想項に代入すると、

となります。Milani[2005]では、こうしたモデルによる推計を行った結果、最後の式のパラメータγbは有意にゼロと異ならないこと、つまり、バックワードルッキングな項が追加的な説明力を持たないことを示しています。
他にもメカニズムとして提示されている仮説がありますが、それは次回にしようと思います。
Dupor, Bill, Tomiyuki Kitamura, Takayuki Tsuruga(2010).”Integrating Sticky Prices and Sticky Information.” Review of Economics and Statistics ,92 (3),2010,657–669.
Mankiw, Gregory, and Ricardo Reis(2002).“Sticky Information versus Sticky Prices: A Proposal to Replace the New Keynesian Phillips Curve.” Quarterly Journal of Economics, 117 (4), 2002,1295–1328.
Milani, Fabio(2005).”Adaptive Learning and Inflation Persistence,” Working Papers 050607, University of California-Irvine, Department of Economics.
コメントを残す