今回は、前回扱わなかった期待形成の仮説である、ノイズ情報仮説というものをみていこうと思います。ノイズ情報仮説というのは、経済主体が保有する期待形成のための情報にノイズが含まれるというもので、Woodford(2003)で提唱されました。
この仮説を考える上で重要となるのが、公的情報と私的情報という考え方です。私的情報とは、期待形成で用いる情報に関して各経済主体が異なる情報を有している場合の、各々が保有する情報を指します。特徴としては、経済主体間でこうした情報が共有されていない、すなわち各々が他者の保有する私的情報について正確には把握できないという状況が作り出されることが挙げられます。一方で公的情報は、こうした情報に関して各経済主体が同じ情報を保有している場合の情報を指します。このとき、こうした情報は経済主体間で共有されているため、各々は他者が保有する情報を正確に把握することができます。
仮に完全情報の場合には、経済主体の情報は全て公的情報となり、また、不確実性もありません。一方で、不完全情報の経済では、私的情報が含まれたり、公的情報についても、不確実性があるような場合を考えることになります。後者の場合には、情報に含まれるノイズや、他者が将来のインフレ率などの経済変数をどのように考えているのかがわからないことが影響し、企業経営者の価格改定が鈍ることになります。実際、このモデルでの最適金融政策を分析したAdam(2007)では、短期的には産出ギャップの安定化を重視し、長期的には物価水準の安定化を重視すべきであると指摘しています。
また、この仮説については様々な類似バリエーションがあります。その中の1つとして、ここまで説明してきたモデルでは、期待形成で用いる情報が即座には完全情報にならないとアドホックに仮定していますが、この部分にミクロ的な基礎付けを与えた、合理的無関心仮説というものがあります。
Mackowiak and Wiederholt(2009)は、企業が限られた情報処理能力を「マクロ変数の実現値」と「企業固有のショックの実現値」におのおのどれだけ割り振るかという情報処理能力の最適配分問題(注意割当(attention allocation) 問題)を考えるとするモデルを構築しました。この場合、マクロ変数の実現値へ多くの注意を割り当てると、マクロ変数を正確に把握することができる一方で、企業固有のショックの実現値への注意割当てが減少し、企業固有のショックについて精度の低い予想を形成してしまうことになります。実証分析をみると、例えば米国について分析したBoivin, Giannoni, and Mihov(2009)では、財別の価格変動のうちマクロ変数の変動の寄与は15%であり、残りの85%は財別(企業)固有ショックの寄与であると指摘しており、こうした場合には、金融政策のようなマクロショックに対して注意が払われにくくなることが考えられます。一方で、金利やインフレ率の変動が非常に大きくなるような金融政策を行った場合には、企業が注意をより金融政策に割り当てるようになり、それが企業の価格改定を進めて、金融政策の実質効果を小さくすると同時に、他のショックへの注意の割り当ての低下による、無視できない経済変動が生じることも考えられます。
Adam,Klaus(2007),”Optimal Monetary Policy with Imperfect Common Knowledge,”Journal of Monetary Economics,54(2),2007,267-301.
Boivin, Jean, Marc P. Giannoni, and Ilian Mihov(2009),“Sticky Prices and Monetary Policy: Evidence from Disaggregated US Data,” American Economic Review, 99(1),350-384.
Mackowiak, Bartosz, and Mirko Wiederholt(2009),“Optimal Sticky Prices under Rational Inattention,” American Economic Review, 99(3),769–803.
Woodford, Michael(2003),“Imperfect Common Knowledge and the Effects of Monetary Policy,” in P. Aghion, R. Frydman, J. Stiglitz and M. Woodford, eds. Knowledge, Information, and Expectations in Modern Macroeconomics: In Honor of Edmund S. Phelps, Princeton University Press.
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