少し脱線-景気循環理論について8

ここ数回の投稿をみてもわかる通り、合理的期待形成仮説を修正する取り組みというのは、合理的な期待形成をする人もいれば、そうでない人もいるという、マクロ経済を考える時に個々の事情を考慮に入れるという考え方と関係がありました。マクロ経済の研究をしていく時に、こうした個々に目を向けるということは実は色々と行われています。

例えばその1つとして、ミクロショックがマクロ経済変動にどのような影響を与えるのかを分析した研究があります。この研究は、古くはLong and Plosser(1983)という、Kydland and Prescott(1982)と並んでリアルビジネスサイクル理論の初期の研究として知られている論文で行われました。それ以前の景気循環理論の枠組みは、多くの経済主体に共通の影響を及ぼすマクロショックのみに焦点をあて、その波及メカニズムを説明することが長い間行われていました。この考え方の背景としては、企業や産業などのミクロレベルのショックは、マクロレベルの経済現象に影響を与えないという前提があります。ミクロショックは互いに独立に生じるため、部門の細分化の度合いを高めてショックを細かく分割していけば、集計レベルでは互いに相殺されて消滅してしまうと考えられていたためです。いわゆる大数の法則を理論的背景としたこうした考え方は、Lucas(1977)に代表される多様化論(diversification argument)として知られています。

ただ、実際の経済活動を考えてみると、例えば企業や産業部門は互いに相互依存関係の中で影響を及ぼし合っており、こうしたネットワーク構造がショックの伝搬メカニズムに特別な効果を持つと考えると、たとえミクロレベルのショックが互いに独立であっても、多様化論が成立しない可能性が考えられます。Long and Plosser(1983)では、家計については代表的家計(単一の家計)を考え、一方で企業については複数の異なる企業がいて、投入・産出構造を通じて各企業に相互連関があり、また、リアルビジネスサイクル理論では技術ショックを考えるのですが、各企業に固有の技術ショックが発生するとしたモデルを構築し、これを用いて、部門ショックが経済全体の変動を生み出す可能性を実証的に分析しました。

他には、Jovanovic(1987)が、各プレイヤーがゲーム的に振る舞う経済で、経済全体の変動が内生的に生じて大数の法則が破れることを説明する経済モデルを構築しています。また、Horvath(1998)では、大数の法則が破れる場合にミクロレベルのショックが相殺されず、セクター間の相互作用を通じてマクロ経済に影響を及ぼすことを理論的に示しています。さらに、Shea(2002)では、米国の実証分析から、投入・産出構造とミクロショックが、マクロ経済変動の重要なファクターであることを示しています。

より最近の研究をみてみると、Gabaix(2011)では、企業規模の分布が一様分布(均質な状態)ではなくジップの法則とよばれるべき乗則(不均質な状態)に従う場合、漸近分布の収束が遅くなることで大数の法則が破れると指摘しています。数学的な話になりますが、例えばn企業の一様分布集計値の標準偏差はσ/√nで与えられ、一方でジップ分布集計値の標準偏差はσ/ln(n)で与えられます。今σ=0.25としたとき、n=1000に対して前者は0.008であるのに対して、後者は0.036となり、後者の収束が非常に遅いことがわかります。因みに、ジップ分布は変数変換をすることで、パレート分布と呼ばれる連続分布と同じ形(いわば離散型)になることも知られていますが、このパレート分布も、一国の(やはり不均質な)所得分布を表現するものとして、19世紀のイタリアの学者、Vilfredo Paretoによって考案された確率分布として有名です。このような経済の場合、一部の大企業に生じる固有のショックが、マクロ経済に影響を与える可能性があるということになります。こうしたGabaix(2011)の考え方は、粒状仮説と呼ばれています。

Acemoglu et al.(2012)では、経済ネットワーク構造が均質ではなく、ショックを伝搬させるメカニズムも方向によって一様ではないと考えています。具体的には、経済の中には桁違いの規模を持つ巨大企業や産業部門が存在して、経済ネットワークのハブ機能を果たしていますが、こうしたハブの存在が、ショックの伝搬に大きな偏りをもたらし波及効果に歪みを生じさせると考えています。この場合、ネットワーク構造の偏りがべき分布に従うほど桁違いに大きい場合、部門の細分化の度合いを高めてミクロショックのサイズを細かく切り刻んだとしても、ショックの余波は相殺されず、経済全体に無視できない偏りが残ってしまうことになります。論文では、米国の産業連関表のデータを用いて実証分析を行い、産業連関ネットワーク構造の不均質さの程度がべき分布に従うほどに大きいことも示しています。このAcemoglu et al.(2012)の考え方は、マクロ経済変動のネットワーク仮説と呼ばれています。また、一般に産業連関分析では、中間財の供給を通じてネットワークの下流へショックが波及する、前方連関効果と、中間財の需要を通じてネットワークの上流へショックが波及する、後方連関効果を考えますが、論文ではこのうち前方連関効果に焦点をあて、供給サイドのネットワーク効果に起因するマクロ経済変動を分析しています。因みに、この研究についてはさらにモデルの仮定を緩めることによって異なるネットワーク効果を検証する研究も行われていて、Acemoglu,Akcigit,and Kerr(2016)では、ベンチマークモデルを需要サイドの効果も含むモデルに修正し、上流への後方連関効果と下流への前方連関効果を同時に検証しています。このほか、Carvalho et al.(2021)は、生産関数を入れ子のCES型で置き換えることによってベースラインモデルの一般化を行っています(Acemoglu et al.(2012)ではコブ・ダグラス型の生産関数を使用。Baqaee and Farhi(2018)では、さらにこれを一般化しています)。

Acemoglu, Daron, Ufuk Akcigit, and William Kerr(2016),“Networks and the macroeconomy:An empirical exploration.”In National Bureau of Economic Research Macroeconomics Annual, volume 30, 276-335, University of Chicago Press.

Acemoglu, Daron, Vasco M. Carvalho, Asuman Ozdaglar, and Alireza Tahbaz-Salehi(2012),“The network origins of aggregate fluctuations,”Econometrica, 80(5), 1977-2016.

Baqaee,David R. and Emmanuel Farhi(2018),”Macroeconomics with heterogeneous agents and input-output networks,”NBER Working Papers No.24684.

Carvalho,Vasco M.,Makoto Nirei, Yukiko U Saito, Alireza Tahbaz-Salehi(2021),”Supply Chain Disruptions: Evidence from the Great East Japan Earthquake,”Quarterly Journal of Economics,136(2),1255–1321.

Gabaix,X.(2011),”The granular origins of aggregate Fluctuations,”Econometrica 79,733-772.

Horvath,Michael(1998),”Cyclicality and Sectoral Linkages: Aggregate Fluctuations from Independent Sectoral Shocks,”Review of Economic Dynamics,1(4),1998,781-808.

Jovanovic,Boyan(1987),”Micro Shocks and Aggregate Risk,”Quarterly Journal of Economics,102(2),395–409.

Kydland, Finn E. and Edward C. Prescott(1982).”Time to Build and Aggregate Fluctuations,”Econometrica,50,1345-1370.

Long,John B., and Charles I. Plosser(1983),”Real business cycles,”Journal of Political Economy,91(1),39-69.

Lucas,Robert E(1977).”Understanding business cycles,”Carnegie-Rochester Conference Series on Public Policy,5,7-29.

Shea, John(2002),”Complementarities and comovements,”Journal of Money, Credit and Banking,34(2),412-433.

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