読んでいて面白かったので、もう1つ紹介したいと思います。Ilut,Luetticke, and Scheider(2025)では、マクロ経済の先行きに不確実性があるときに、GDPや消費などがどのように影響を受けるのかを、家計の所得や資産の異質性を考慮したHeterogeneous Agent New Keynesian Model(HANKモデル)と、そのことを考慮しない標準的なニューケインジアンモデル(Representative Agent New Keynesian Model:RANKモデル)で分析を行っています(推計は米国経済を念頭に実施)。
論文では、GDPの落ち込みはHANKモデルの方が大きくなるとしていますが、一方で、消費の落ち込みは、HANKモデルよりもRANKモデルの方が大きくなるという結果になっています。ではなぜHANKモデルのGDPの落ち込みがこれほど大きくなるのかということになりますが、論文では、設備投資の落ち込みが、HANKモデルで非常に大きくなることが原因であるとしています。
一見不思議に見えるかもしれませんが、両者の違いの原因は、家計部門にあります。経済に不確実性がある場合に、家計部門が受ける影響として真っ先にあげられるのが、ずいぶん前の投稿でも紹介した予備的貯蓄を通じた消費の落ち込みとなります。
経済に不確実性がある場合、家計部門は裁量的支出(趣味や外食、観光など)を中心に支出を抑えて予備的貯蓄を行うことになるのですが、この効果は富裕層ではあまりみられず、どちらかといえばより所得の少ない層の方でみられます(このため、金融政策の異時点間代替効果(金利→貯蓄・消費という効果)という観点では、不確実性がある中でも消費を減らさない富裕層の方が反応が大きくなり、逆に所得の少ない層では、金利を動かしてもあまり貯蓄・消費が反応しないということになります)。
この効果が強くあらわれるのであれば、原因は富裕層というよりは、比較的所得の少ない層の財布のひもが固くなることにあるということになるのですが、論文の結果では、マクロレベルの消費の落ち込みは、RANKモデルほど大きくならないという結果になっています。
そのため原因は別のところにあって、論文のモデルでは、家計の貯蓄の方法として、国債のような安全資産に投資する方法と、株などのリスク資産に投資する方法を設けていて、マクロ経済に不確実性が生じると、リスク資産に投資していた資金が安全資産に流れるという現象がおき、それが企業の設備投資を減少させ、GDPの低下にもつながるとしています。この資金移動は特に富裕層でみられる現象ですが、論文では、消費はRANKモデルと比べて大きく減少しない一方で、こうした設備投資の減少がRANKモデルよりもずっと大きくなるため、GDPの落ち込みもRANKモデルよりも大きくなるとしていて、富裕層の安全資産への資金移動が経済に与える影響が非常に重要であると指摘しています。
*因みに、HANKモデルで予備的貯蓄による消費の落ち込みの効果が強くあらわれない理由として、1つは予備的貯蓄の需要そのものが小さくなるということですが、もう1つの理由として、モデルの政府部門に組み込まれてる財政出動の効果が、RANKモデルの場合には家計がリカードの等価定理に従うため、下支えの効果を発揮しないのに対し、HANKモデルの場合には、下支え効果がみられるためとしています。この効果は例えば流動性制約にある家計でみられることが考えられますが、リカードの等価定理が流動性制約にある家計で破れることは、これまで様々な研究で指摘されています(例えばHaque and Montiel(1987)、Khalid(1996)や、教科書としてはローマ―(2010)の11.3を参照)。
Haque, Nadeem UI, and Peter J. Montiel(1987).”Ricardian Equivalence, Liquidity Constraints, and the Yaari-Blanchard Effect: Tests for Developing Countries.” IMF Working Paper No.87/85.
Ilut, Cosmin L., Ralph Luetticke, and Martin Schneider(2025).”HANK’s Response to Aggregate Uncertainty in an Estimated Business Cycle Model.” NBER Working Paper No.33.
Khalid,Ahmed M.(1996).”Ricardian Equivalence: Empirical Evidence from Developing Economies.”Journal of Development Economics,51(2),413-432.
デビッドローマー(堀雅博・岩成博夫・南條隆 訳)(2010)、「上級マクロ経済学 原著第3版」、日本評論社
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