経済格差と金融政策(2)-所得格差、資産格差、消費格差

本当は今回はデータや推計手法についてみていこうと思っていたのですが、その前に、今回扱う経済格差である、所得格差、資産格差、消費格差について、少し整理しておきたいと思います。

①所得格差

まず最初にあがるのは、やはり所得格差といえます。例えばLee(2025)では、実証分析とTANK(Two-Agent New Keynesian)モデルを用いた分析によって、所得格差の拡大が総需要の落ち込みをもたらし、景気循環に悪影響を及ぼすと指摘し、Dabla-Norris et al.(2015)やDoerr,Drechsel, and Lee(2024)では、所得格差の拡大は経済成長にマイナスの影響を及ぼすことを示しています。

(注)ただ一方で、Chang,Chen, and Schorfheide(2024)では所得格差の拡大が景気循環に与える影響は大きくないと指摘しており、また、Barro(2000)では、所得格差の拡大は、貧困国では経済成長にマイナスとなる一方で、先進国については逆に経済成長を促進すると指摘しています。

所得の定義が初めてきちんと行われたのは、ロバート・ヘイグとヘンリー・サイモンズによります。彼らの研究の背景にあったのは、1913年に成立したアメリカ合衆国憲法修正第16条により、連邦所得税が合憲となったことがあります。元々米国は建国以来、南北戦争時代を除いて、所得税を避けて消費税や関税からの収入によって歳出を賄っていました。

この理由は、例えば消費と比べると、所得に比例して課税を行うということが難しかったということがあげられます。しかし, 19世紀後半の産業革命などにより、富の蓄積とその偏りが大きくなり、消費税の逆進性が高まるにつれて、労働者や農民の間から公平な税負担の配分のために累進所得税を要求する声が大きくなっていったことから、(その後もすんなりとはいかなかったものの)1913年の憲法修正第16条の成立に至りました。

(注)少し補足をすると、消費税が逆進的であるというのは、所得の低い家計の方が所得が高い家計と比べて消費性向(消費支出/可処分所得)が高くなるということからきており、データでも示されています。一方で、あまり多くはないのですが、このような指摘をする研究もあります。家計にとって、消費されない分は貯蓄に回されることになりますが、ライフサイクル仮説に基づいて考えれば、今貯蓄されている分は、遺産動機のない、純粋にライフサイクル仮説に従うような家計であれば、生涯的には全て消費に回ると考えることができ、生涯ベースでみれば、生涯所得=生涯消費となると考えられ、生涯所得で考えれば、消費税は比例的になる可能性があるというものです。大竹・小原(2005)では、日本のデータを用いた分析を行い、その可能性を指摘しています(ただ、この研究が行われた時期を考えると、消費税が導入されてからの期間がまだまだ短いため、むしろこれからという研究であるように思いますし、実際に分析をする際には家計のライフサイクルでの所得や消費経路のパネルデータ(できるだけミクロで)を整備する必要があるなど、課題は多いと思われます)。

2人の定義をみてみると、ヘイグは所得を「2時点間の個人の経済力の純増加の金銭的価値」と定義し、シモンズは「(1)消費において行使された権利の市場価値と、(2)当該期間のはじめと終わりの間の財産権の価値の変化の代数和」と定義しています。これらの定義が意味するところは要するに、所得は、一定期間における個人の貯蓄または消費能力のあらゆる変化の市場価値ということになりますが、これはヘイグ=シモンズの所得定義として有名です。

ヘイグ=シモンズの所得を数式で表す場合には、通常の所得(例えば、賃金+家賃収入+利子所得+配当)にキャピタルゲインを加えたもの、となります。

もう1つ、有名な所得の定義が、国民経済計算という、GDPなどを計算するための社会会計で用いられる、要素所得という概念です。国民経済計算のざっくりとした意味は、一国全体の経済活動を計算するための勘定体系という感じです。要素所得は概念としては労働や資本を使って得られる所得という意味なのですが、実際には先ほどの通常の所得(賃金+家賃収入+利子所得+配当)に加えて、法人部門の内部留保が加わります(また、細かい話ですが、家賃収入には、持ち家の帰属家賃というもの(持ち家である為に支払わずに済む家賃額で、当該家計の家賃収入としてカウント)が加わります)。

実際の論文をみてみると、殆どは通常の所得(もしくはその一部)を分析対象としていて、一部の研究については、要素所得を分析対象としているものもあります。一方で、ヘイグ=シモンズの所得定義を分析対象としている論文は、探した限りでは、見つかりませんでした。

②資産格差

もう一つの格差指標は、資産格差です。例えばMian,Straub, and Sufi(2021)やLee(2023)では、理論モデルを用いた分析から、資産格差が拡大すると、生産性や総需要が低下することを示しています。また、前回の投稿にあったPiketty(2013)では経済格差拡大の主な要因としてあげています。

富(もしくは貯蓄)の定義について、一般的には、個人、世帯、あるいは国の純資産(ある時点で負っている負債を全て差し引いたベースの資産価値)と定義します。実際に今回対象となる論文をみてみると、資産と負債について分析している論文がある一方で、資産のみ、もしくは資産の一部について分析している研究も存在します。また、基本的な話ですが、所得との違いとして、所得はフローの変数である一方、資産はストック変数となります。

③消費格差

ここまで所得格差と資産格差をみてきましたが、実は、経済学の世界で、消費格差が非常に重要であるという指摘も様々されています。例えば前回の投稿で出てきた中でいえば、Bullard(2014)が「一般的には所得格差に焦点が当てられてきたが、富と消費の格差も同様に重要な関心事であり、最終的には消費の方が経済的幸福度を評価する上でより有用な変数となる可能性がある」と指摘しています。

他にはAttanasio and Pistaferri(2016)が消費格差を通じた経済的幸福度の計測について広範な検討を行っており、消費は借入や貯蓄といった経時的な消費の平滑化の影響も受けるため、所得格差だけではなく、消費格差も併せて評価していくことが重要であるとしています。

今回はこうした格差についてみていこうと思います。それでは、次回は改めて、データの話に移ろうと思います。

参考文献

Attanasio, Orazio P., and Luigi Pistaferri(2016).”Consumption Inequality,” Journal of Economic Perspectives,30(2),3-28.

Barro, Robert J.(2000).”Inequality and Growth in a Panel of Countries,” Journal of Economic Growth,5(1),5-32.

Bullard, James(2014).“Income Inequality and Monetary Policy: A Framework with Answers to Three Questions,” Speech at C. Peter McColough Series on International Economics, Council on Foreign Relations, June 26.

Chang, Minsu, Xiaohong Chen, and Frank Schorfheide(2024). “Heterogeneity and Aggregate fluctuations.” Journal of Political Economy, 132(12),4021–4067.

Clarke, Conor, and Wojciech Kopczuk(2025).”Measuring Income and Income Inequality,”Journal of Economic Perspectives, 39(2),103–126.

Dabla-Norris, Era, Kalpana Kochhar, Nujin Suphaphiphat, Franto Ricka, and Evridiki Tsounta(2015).”Causes and Consequences of Income Inequality: A Global Perspective,” IMF Staff Discussion Notes 2015/013, International Monetary Fund.

Doerr, Sebastian K., Thomas Drechsel, and Donggyu Lee(2024).”Income Inequality and Job Creation,” NBER Working Papers 33137.

Gomez, Matthieu(2025).”Macro Perspectives on Income Inequality.” Journal of Economic Perspectives, 39(2),127–148.

Lee, Byoungchan(2023).”Wealth Inequality and Endogenous Growth,”Journal of Monetary Economics,133,132-148.

Lee, Byoungchan(2025).”Business Cycles and Earnings Inequality,”mimeo.

Mian,Atif R., Ludwig Straub, and Amir Sufi(2021).”Indebted Demand,”Quarterly Journal of Economics,136(4),2243-2307.

Piketty, Thomas(2013). Le Capital au 21e Siècle, Seuil(山形浩生・守岡桜・森本正史 訳、『21世紀の資本』、みすず書房、2014年).

大竹文雄・小原美紀(2005)、「消費税は本当に逆進的か-負担の「公平性」を考える」、『論座』(127)、2005年12月号、朝日新聞社、44-51頁

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