経済格差と金融政策(3)-データ

今回は格差の計測に使用するデータについてまとめていこうと思います。今回の場合、欲しいデータというのは国内の家計の所得や資産、消費の分布がわかるようなデータということになります。

よく用いられるものとして、家計調査のような統計調査の集計前のミクロデータがあるほか、近年では様々なデータベースが開発されていて、そうしたものを活用する研究も増えています。

ここではまず、分析で用いられている統計調査を紹介して、次に、近年利用が増えているデータベースを紹介しようと思います。

まず、日本の例として、総務省の統計調査である家計調査があります。この調査は全国の世帯を対象に、所得や資産(貯蓄・負債)、支出の調査を毎月行っています。調査は1953年から行われていて、二人以上世帯については6か月、単身世帯では3か月間調査を行っています。

(注)ただ、貯蓄・負債の調査は少し特殊で、調査は毎月行っているのですが、対象が一部の世帯(二人以上の世帯)に限定されている他、各世帯は1度だけしか回答しません。家計調査では、回答者の調査経験が1か月目~6か月目までの世帯が常にそれぞれ1/6ずつ存在しているため(これは後述するローテーションサンプリングという標本設計の手法です)、毎月二人以上世帯の1/6が貯蓄・負債について回答していることになります。また調査では、各世帯の貯蓄・負債は調査期間中変わらないという仮定をおいて、他の月でもこの数字を置くということもしています。

現在は政府が統計調査データの二次利用を進めており、ミクロデータを用いた分析が可能となっています。実際に家計調査のデータを用いた分析をみてみると、金融政策ショックの反応をみる分析として、所得や消費のミクロデータ・所得階層別の集計データからばらつきの指標を作成し、分析する方法がとられています(Inui,Sudo, and Yamada(2017)、Saiki and Frost(2020))。

また、資産については、金融経済教育推進機構(J-FLEC)が毎年行っている、「家計の金融行動に関する世論調査」のデータ(インターネットモニター調査により収集)を用いて、金融政策ショックの影響を所得階層別の分析やばらつきの指標による分析を行って調べている研究があります(Inui,Sudo, and Yamada(2017))。

次に、同様の調査を行っている米国の統計を3つ紹介したいと思います。1つがConsumer Expenditure Survey(CEX)で、米国労働統計局(Bureau of Labor Statistics)が家計の支出や所得などの状況を調査しているものです。

調査は四半期ごとに行われていますが、調査対象については、日本の家計調査同様、毎回一部を入れ替えています。

(注)家計調査やCEXで行われている、毎回一部の調査対象を入れ替える手法は一般にローテーションサンプリング(部分入替え方式)と呼ばれていますが、これは色々な統計調査で採用されている手法です。メリットのざっくりとしたイメージとしては、日本の家計調査にしてもCEXにしても、母集団(日本や米国内の世帯)が時間とともに変わっていくことなどを考えると、ずっと固定サンプルで調査するというわけにはいかず、では数年に一度固定サンプルを全て入れ替えようということをすると、入替え前後の集計値の段差が大きくなってしまうという問題があります(更にいえば、(数年に一度といわず)毎回無作為抽出(国民(全世帯)の一覧表から乱数かなんかに従ってランダムに調査世帯を選ぶ)すればいいじゃないかとかいうことをいう人もいるわけです)。それではどうしようということで、少しずつ調査対象を入れ替えて段差を小さくしよう、ということで行っている、ということになります。

CEXのデータを用いた分析としては、ミクロデータからばらつきの指標を作成して、分析を行っています(Coibion et al.(2017))。

もう1つが米国の雇用統計であるCurrent Population Survey(CPS)で、米国センサス局が月次で雇用、失業、収入といった項目について調査を行っています(消費については調査していません)。ここでもローテーションサンプリングが行われていますが、少し特殊で、調査対象は最初4か月続けて回答した後、8か月間調査対象から外れ、その後再度4か月間回答を行っています。

(注)このローテーションサンプリングの手法は、要するに、1年目と2年目の同じ月に回答してもらって、集計値の前年同月比を安定させる役割を果たしてもらおうというものです。標本調査の場合、調査対象が変わればそれによる誤差みたいなものは確かにあるので、そこにひと工夫、ということだと思います。こうした手法は、日本の労働力調査でも現在取り入れられていて、労働力調査では、最初2か月回答した後、10か月調査対象から外れ、その後再度2か月回答を行っています。

CPSを用いた分析では、所得階層ごとに金融政策ショックの波及効果を測り、その上でばらつきの指標がどのように変動したのかを分析しています(Chang and Schorfheide(2024))。

3つ目がSurvey of Consumer Financeで、米国の中央銀行であるFRBと財務省が3年ごとに調査を行い、家計の所得やバランスシートの分布を公表しています(これも標本調査ですが、ローテーションサンプリングは行っていません)。資産格差については、多くの研究がこのデータを分析に使用していますが、その方法としては、DSGEモデルを用いた推計や(Lee(2024)、Melcangi and Sterk(2025))、Microsimulationと呼ばれる、金融政策の波及経路を幾つかのパートに分割して分析を行う手法(Domanski,Scatigna, and Zabai(2016))が採られています。

因みに、こうした統計調査の集計前のデータについては、いくつか問題点も指摘されています。1つ目が、データのカバレッジが完ぺきではないという問題で、例えば日本の家計調査や米国のCEXでは、所得の最上位1%の家計が、標本から抜け落ちていることが指摘されています。

2つ目は、調査対象の回答値に誤差があるとする指摘で、例えばCEXやCPSでは、所得や支出の過少報告が指摘されています。

例えばSabelhaus et al.(2015)では、CEXと税務データを比較して、高所得層で所得の過少報告があると指摘し、Meyer and Mittag(2019)では、やはり行政データとの比較を通して、低所得層でも所得の過少報告があると指摘しています。

また、Eckman(2022)では、支出額についても、最初にCEXの回答をする際には、支出額の報告に下方バイアスがかかることを示しています。ただ一方で、Bach and Eckman(2020)では、支出額について、2回目以降の調査で、回答者の数字の抜け落ちや端数を切り捨てた記入が減少し、下方バイアスが改善されると指摘しています。

CPSについては、Halpern-Manners and Warren(2012)で、失業状態にある回答者が、追加の質問の多さから、2回目以降の調査で非労働力であると答えるようになる場合があることや、2つ以上の仕事に就いている回答者が、同様の理由から2回目以降仕事の数を少なく回答する場合があることを指摘しています。

次に、近年整備されてきているデータベースを幾つか紹介したいと思います。

1つ目はOECD Income Distribution Database(IDD)とOECD Wealth Distribution Database(WDD)で、今回対象の論文(例えばO’Farrell,Rawdanowicz, and Inaba(2016))だけでなく、様々なレポートで使われているのを見かけます。

2つ目が、Standardised World Income Inequality Databaseというもので、先ほどのOECD Income Distribution Database(IDD)や、世銀のデータベース分析システムであるPovcalNetというものなどを取り込んで、各国間の比較を長期にわたって行うことができるよう、所得に関するデータベースを構築しています(詳しくはSolt(2020)を参照)。実際の分析では、データベースから得られるばらつきの指標を用いて分析を行っています(Furceri,Loungani, and Zdzienicka(2018)、Samarina and Nguyen(2024)、Creel and El Herradi(2024))。

3つ目がWorld Inequality Databaseで、これはピケティ氏などが参加するWorld Inequality Labというところが作成する国際比較可能なデータベースとなっています。ここでは、前回出てきた国民経済計算を作成するための国際基準である、System of National Accounts(SNA)に準拠した独自の勘定体系、Distributional National Accounts(DINA:詳細はWorld Inequality Lab(2024)を参照)を構築して、データベースを作成しています。そのため、所得については前回出てきた要素所得を作成しているというのが特徴です。実際の分析でもHANKモデルのカリブレーションのデータとして用いられています(Bayer,Born, and Luetticke(2024))。

さて、データについて整理をしてきましたが、次は、ここでも何度か出てきた“ばらつきの指標”について、いくつか存在するため整理しようと思います。

参考文献

Bach,Ruben L., and Stephanie Eckman(2020).”Rotating Group Bias in Reporting of Household Purchases in the U.S. Consumer Expenditure Survey,”Economics Letters,187(108889).

Bayer, Christian, Benjamin Born, and Ralph Luetticke(2024).”Shocks, Frictions, and Inequality in US Business Cycles,”American Economic Review,114(5),1211–1247.

Chang, Minsu, and Frank Schorfheide(2024).”On the Effects of Monetary Policy Shocks on Income and Consumption Heterogeneity,”NBER Working Paper No.32166.

Coibion, Olivier, Yuriy Gorodnichenko, Lorenz Kueng, and John Silvia(2020).”Innocent Bystanders? Monetary Policy and Inequality in the U.S,”Journal of Monetary Economics,88,70-89.

Creel, Jérôme, and Mehdi El Herradi(2024).”Income Inequality and Monetary Policy in the Euro Area,”International Journal of Finance & Economics,29(1),332-355.

Domanski, D., M. Scatigna, and A. Zabai(2016).”Wealth Inequality and Monetary Policy,” BIS Quarterly Review.

Eckman, Stephanie(2022).””Underreporting of Purchases in the US Consumer Expenditure Survey,”Journal of Survey Statistics and Methodology,10(5).

Furceri, Davide, Prakash Loungani, and Aleksandra Zdzienicka(2018).”The Effects of Monetary Policy Shocks on Inequality,”Journal of International Money and Finance,85,168-186,

Halpern-Manners, Andrew, and John R. Warren(2012).”Panel Conditioning in Longitudinal Studies: Evidence from Labor Force Items in the Current Population Survey,” Demography,49(4),1499-1519.

Inui,Masayuki, Nao Sudo, and Tomoaki Yamada(2017).”Effects of Monetary Policy Shocks on Inequality in Japan,” Bank of Japan Working Paper Series No.17-E-3.

Lee,Donggyu(2024).”Unconventional Monetary Policies and Inequality,”Staff Reports No.1108,Federal Reserve Bank of New York.

Melcangi, Davide, and Vincent Sterk(2025).”Stock Market Participation, Inequality, and Monetary Policy,”Review of Economic Studies,forthcoming.

Meyer, Bruce D., and Nikolas Mittag(2019).”Using Linked Survey and Administrative Data to Better measure Income: Implications for Poverty, Program Effectiveness, and Holes in the Survey Net,” American Economic Journal:Applied Economics,11(2),176-204.

O’Farrell Rory, Łukasz Rawdanowicz, and Kei-Ichiro Inaba (2016).”Monetary Policy and Inequality,” OECD Economics Deparment Working Papers No.1281.

Sabelhaus, John, David Johnson, Stephen Ash, David Swanson, Thesia I. Garner, John Greenless, and Steve Henderson(2015).”Is the Consumer Expenditure Survey Representative by Income?” in Christopher D. Carroll, Thomas F. Crossley, and Johln Sabelhaus (eds.) Improving the Measurment of Consumer Expenditures, National Bureau of Economic Reserch.

Saiki Ayako, and Jon Frost(2020).”Unconventional monetary policy and inequality: is Japan unique?”Applied Economics,52(44),4809-4821.

Samarina, A., and A.D. Nguyen(2024).”Does Monetary Policy Affect Income Inequality in the Euro Area?”Journal of Money, Credit and Banking, 56(1), 35–80.

Solt, Frederick(2020).“Measuring Income Inequality Across Countries and Over Time: The Standardized World Income Inequality Database,” Social Science Quarterly,101(3),1183-1199.

World Inequality Lab(2024).”Distributional National Accounts Gudelines: Methods and Concepts used in the World Inequality Database,” World Inequality Lab.

コメントを残す