経済格差と金融政策(5)-推計手法

今回は推計手法についてみていこうと思います。最も一般的な方法としては、VARやSVARによる効果の推計(インパルス応答の推計等)があげられます。また、こうした推計の際には、まず構造ショック(例えば金融政策ショック)の計測をデータから行っていますが、その方法は様々存在します。

一番有名な方法が、VARモデル内の変数の、同一時点での影響が及ぶ方向を決め(例えばGDPと短期利子率を考える時に、短期利子率は同一時点のGDPに影響を及ぼさないが、逆は影響を及ぼすというようなことを考えることで、短期のリカーシブ制約といわれます)、誘導形イノベーションから構造ショックを復元するための行列を、誘導形イノベーションの分散共分散行列のコレスキー分解(正定値行列が、下三角行列とその共役転置行列で書けるというもの)から導出するという方法です。

この他には、構造ショックの長期的な効果に制約を置く(例えば、金融政策ショックはGDP水準に長期的には影響を持たないとか)ことで、識別を行う方法もあります。また、Uhlig(2005)などでは、構造ショックの経済変数へのインパルス応答関数の符号条件を先験的な制約として置き、それを満たすショックを抽出するという方法をとっています。

さらに、構造ショックの検出をより正確に行うという観点では、VARモデルにダイナミックファクターモデルを組み込んだFAVARという分析モデルもあり、この方法を用いると、より多くの変数の関係をコントロール変数として取り込むことができ、構造ショックの検出がより正確になります。

異なるアプローチとして、ナラティブな情報を用いて構造ショックを計測する方法もあります。例えば、Romer and Romer(2004)では、FRBの金融政策を決めるFOMCという会合の経済見通しの情報を用いて、金融政策ショックの推計を行っています。さらに、高頻度データを用いて構造ショックを検出する取り組みも行われていて、Kutter(2001)では、政策変更日の前後のFF先物レートの変動を政策変更に伴う期待の変化(つまり予期せぬ政策ショック)としています。

(注)ナラティブな情報を用いた推計については、近年では機械学習によるテキスト分析を用いて、FOMCの情報をより幅広く取り込んだ金融政策ショックの推計も行われています(Aruoba and Drechsel(2024)、Ostapenko(2020))。また、高頻度データを用いた推計では、Swanson(2021)やAltavilla et al.(2019)、Braun,Miranda-Agrippino, and Saha(2025)が様々な資産価格データを用いて、Swanson(2021)ではフォワードガイダンス政策や大規模資産購入政策、Altavilla et al.(2019)とBraun,Miranda-Agrippino, and Saha(2025)では伝統的金融政策、フォワードガイダンス政策、大規模資産購入政策それぞれの政策ショックを推計しています(因みに、予期せぬ金融政策ショックが複数存在する場合の分析方法については、Gurkaynak, Sack, and Swanson (2005)が主成分分析法による方法を開発していて、ここでもそれを用いています)。

因みに、SVARの推計についても、高頻度データから得られる情報を操作変数として用いて、推計精度を向上させる方法(Proxy-SVAR法)がとられていて、例えばGertler and Karadi(2015)では、政策変更の発表前後のFF先物レートの変動から予期せぬ金融政策ショックを検出し、それを操作変数として用いています(政策変数は国債の利子率)。また、Swanson(2023)でも、同様の方法で、伝統的金融政策、フォワードガイダンス政策、大規模資産購入政策それぞれの政策ショックの検出を行っています(複数の予期せぬ金融政策ショックの分析方法としては、Gurkaynak, Sack, and Swanson (2005)の方法を使用)。

一方で、インパルス応答の計測については、ローカルプロジェクションという方法が近年頻繁に用いられるようになっています。これはJorda(2005)で開発された手法で、h期先の値を推計するにあたって、t+1期~t+h-1期の情報を使わずに推計しており、モデルの定式化の誤りの影響を受けにくいという特徴を持っています。また、コントロール変数を入れることや非線形な影響も推計することができるため、実証分析で幅広く活用されています。

このほかには、DSGEモデルを用いた推計も、実証分析の手法として用いられています。DSGEモデルによる推計は、家計や企業の異質性を考慮しないベースのモデルを用いたものが、2000年代以降行われていて、初期の研究には、Smets and Wouters(2007)の研究(この時用いられたのはChristiano,Eichenbaum, and Evans(2005)が構築した中規模モデル)があります。近年の格差推計では、家計の異質性を考慮した比較的シンプルなHANKモデルなどが使用されています(例えば、後述するBayer,Born, and Lutticke(2024)では、Smets and Wouters(2007)をHANK形式に拡張したモデルを用いています)。

(注)実は、こうした家計の異質性を考慮したモデルでは、運用にあたって様々な課題も指摘されています。例えば、Alves et al.(2020)では、あるHANKモデルに対して、複数のミクロデータをあてはめるという検証を行い、データによって結果が異なることを示しています(低所得層の所得が大きく変動するという結果も、高所得層の所得が大きく変動するという結果も生じたとのこと)。また、家計が流動資産だけではなく非流動資産を保有するようなモデルの場合、金融所得をどの程度再投資に回す(非流動資産で保有する)のかによっても、金融政策が消費に及ぼす効果が変わってくると指摘しています。他にも、HANKモデルでは、モデルが複雑になってしまうことによって、どのような理由で推計結果が得られるのかがわからなくなるということがあり、そのため、より簡潔なモデルでHANKモデルの結果を説明できないかという取組みもなされています。例えば、Deborti and Gali(2024)では、HANK経済の多くの場合について、家計をその日暮らしの家計と、RANKモデルで表現されるような家計に分類した、Two-agent New Keynesian Model(TANK Model)で説明できることを示しているほか、実質金利が外生的に決まると仮定せず、かわりにインフレの安定性を重視するような現実的な政策ルールを考えると、HANK、TANK、RANKモデル間の類似性が非常に高くなると指摘しています。また、Bhandari et al.(2021)とAcharya,Chelle, and Dogra(2023)では、共にHANKモデルを用いて同じ条件で米国経済を分析し、同じ結果を得ているのですが、Acharya,Chelle, and Dogra(2023)では、モデルに近似を行い、波及メカニズムについて詳細な指摘をしています。

また、Microsimulationによる推計も行われていて、例えば最初に金融政策ショックがマクロ変数に波及する効果を推計し、次にマクロ変数の変動が各家計に波及する効果を求めるというような、推計を幾つかの工程に分割して推計を行っています。

それでは、次回は金融政策が格差に及ぼす影響の分析結果を紹介していこうと思います。

参考文献

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