①改めてHANKモデルで思うこと、②え、金利が上がるとインフレになる?

前回の投稿でもお知らせした通り、改めて標準的なニューケインジアンモデル(RANKモデル)の限界消費性向を計算してみて、“ああ、モデルによってこんなに違うんだな”と感じたので、ちょっとそのことを書こうと思います(ということで、前々回の続きはもう少し待ってください…)。

具体的には論文の修正箇所をみてほしいのですが、標準的なニューケインジアンモデルの場合、マクロの限界消費性向は実質金利とほぼ同程度で、一般にそれほど大きな値にはなりません。たったそれだけのことなのですが、そのために、中央銀行の政策金利の変更が総消費に与える影響としては、異時点間代替効果だけを考えればいいことになるわけなので、名目金利と実質金利をフィッシャー方程式の中で繋ぐ役割を果たす期待インフレ率と、実質金利に対する総消費の感応度である異時点間代替弾力性を理解すればいい、という話になっているわけです。

それが、限界消費性向が高く、おまけにHeterogeneous Agentだということになると、まず総消費反応を推定するためには、限界消費性向や所得構成、そして家計のバランスシートの様々な要素の同時分布の情報が必要になりますし、また、金融政策の波及効果が、財、投入財、信用、住宅、金融市場の価格形成に影響されることになるため、市場構造(摩擦)や関連する制度・団体(例えば地方自治体や労働組合、規制制度など)を理解する必要がでてくるわけです。

なんか本当に一気に複雑化するなと….

Moll(2020)という論文では、HANKモデルの金融政策の家計消費への波及経路を以下の様に整理しているのですが、これをみるとより一層実感します。

(出典)Moll(2020)より抜粋

いや恐ろしい…

というわけで、ここまでいろいろとやってきたこともあり、ここで一度、金融政策の家計の総消費への波及効果という意味で、重要と思われる要素を整理したいなと思います。

一般にはざっくり3つの要素を考えるんだと思います。1つめが所得の効果で、これは所得の低い層と所得の高い層で大きいといわれています。例えば所得の低い層では、景気後退期の失業リスクというのがありますし、一方で所得が高い層では、報酬が業績に連動していたり、金融所得を得ている人もいるといえます。

2つ目が予備的貯蓄の影響で、これは結構なお金持ちか、逆に貯蓄する余裕があまりないという状況の場合を除いて、ほぼほぼの人たちの消費行動に影響を及ぼすといえます。さらに、通常時の消費が比較的旺盛な人ほど、娯楽や外食などのいわゆる裁量的支出を行っているため、経済の不確実性や所得・雇用の不確実性、そのほか将来の年金の不確実性などの影響を強く受けるため、総消費に与える影響も大きくなりかねません。

因みに、こうした貯蓄は、いわゆる万が一のために備える(save for the rainy day)ものになるので、投資にはあまり向けられないと考えられていて、一般的にリスク資産や非流動資産ではなく、現金や銀行預金、国債などに貯蓄されます。

あともう1つ、論文などでは書きませんでしたが、財政政策を通じた経路というのもあります。論文でも書きましたが、金利が下がると、一般に借り手は得をします。それは政府も同じということで、結果的に政府は余剰財源を持つことになります。因みに、この金額については、債務の満期構造と、短期金利の変化に対して、より長期の金利がどのように反応するかに大きく依存します(Auclert, Rognlie and Straub(2020))。

政府がこうした財源を用いて給付や減税を行うことで、家計に追加の所得が入りますし、公共事業を増やせば、それによって労働需要が増加して、いずれにしても、当初の金融緩和政策の効果を増幅させることになります。この効果の大きさは、所得の変化と限界消費性向との間の共分散に依存することになります。

因みに、政策金利を引き上げる場合に、インフレ率が上昇することがあるという指摘をする研究があります。これは古くからされている議論らしく、またHANKモデルに限った話というわけではないのですが、最近ではCochrane(2024)やKaplan(2025)などで指摘されています。こうした研究で言われているのは、仮に政策金利が引き上がった場合、国債の金利が上昇することになり、それは政府の負債増となる一方で、家計部門にとっては需要増となります。こうした時に、金利の引き上げと同時に十分な財政の緊縮化を行っていれば、インフレ率は低下するとしていますが、それを行わない場合、インフレ率は上昇するとしています。

さらに、これは財政政策が主役の話なのですが、Kaplan(2025)では、財政刺激策を行う際に、財源を確保せずにこれを行うと、インフレをもたらすとしてるほか、仮に財源を確保したとしても、金額が少なく、また増税がすごく先になるほど、インフレ圧力が強まるとしています。因みに、ここでは金融政策の積極的な作用は考えていません。

論文では基本的にHANKモデルを念頭に話を進めているのですが、例えば財源を確保しない財政出動のケースについては、RANKモデルの世界の物価の財政理論(FTPL)と通じるものがあり、HANKモデルの方がより強い効果が出るとしています。また、論文では、HANKモデルのケースでは、RANKモデルの場合よりも概念的な脆弱性は低くなるとしています(このため、Angeletos, Lian, and Wolf(2024)では、HANKモデルバージョンを同じFTPLとして扱うべきではないとも言っています)。

なんか耳が痛い話ですね…

(注)因みに、FTPLで想定されている世界というのは、金融政策が物価を安定させることができず(モデル的にはいわゆるテイラー原理φπ>1が成り立たない)、一方で財政政策は、政府債務が増加しても財政緊縮を行わないような世界といえます。また、もう1つ前に紹介した金利を引き上げる世界は、それこそテイラー原理が成り立つような、インフレに対して金融政策が強く反応する世界といえます。さらにいえば、財政政策について、財政緊縮を行っている方が、標準的なモデルで考えている世界といえます。

ここで、標準的なモデルでは、政府部門はそれほどきちんと扱っていない(例えば歳入、歳出を外生的に与えるとか)わけですが、Cochrane(2024)では、政府部門を真面目に扱って分析してみると、インフレ率を低下させるために必要な財政緊縮は、実質債務を安定させつつ、利払いの増加に対応するために黒字を調整するような財政政策ルールでは足りず、より大きなものでなければならないと指摘しています。

参考文献

Angeletos,George-Marios, Chen Lian, and Christian K. Wolf(2024).”Deficits and Inflation: HANK meets FTPL,” NBER Working Papers No.33102.

Auclert, Adrien, Matthew Rognlie, and Ludwig Straub(2020).”Micro Jumps, Macro Humps: Monetary Policy and Business Cycles in an Estimated HANK Model,” NBER Working Paper No.26647.

Cochrane, John H.(2024).”Expectations and the Neutrality of Interest Rates,”Review of Economic Dynamics, 53,194-223.

Kaplan, Greg(2025).”Implications of Fiscal-Monetary Interaction from HANK Models,” NBER Working Paper No.34117.

Moll, Ben(2020).”The Research Agenda: Ben Moll on the Rich Interactions between Inequality and the Macroeconomy,” EconomicDynamics Newsletter, Review of Economic Dynamics, vol. 21(2).

コメントを残す