では、大規模資産購入政策が経済格差に与える影響についてみていこうと思います。全体的な傾向としては伝統的金融政策と同じといえますが、1つ付け加えるならば、伝統的金融政策よりも効果が小さいという結果が多いことがあげられます。
また、大規模資産購入政策については、マクロの効果についての評価もまだ議論が続いていることも留意する必要があり、例えば日本については、日本銀行(2024)と内田(2024)が、比較的正反対の評価をしています。まだ歴史の浅い政策ですし、時間のかかる議論だということが感じられます。
まずは所得格差に与える影響をみてみようと思いますが、いろいろと論文をみてみた範囲では、論文によって結果はまちまちとなっています。ユーロ圏全体について分析したHoghberger,Priftis, and Vogel(2020)や、フランス、ドイツ、イタリア、スペインの4ヵ国について分析したLenza and Slacalek(2024)では、大規模資産購入政策に対して、所得格差は縮小するという結果を得ています。Hoghberger,Priftis, and Vogel(2020)では所得構成の異質性チャネルを指摘し、Lenza and Slacalek(2024)では労働所得の異質性チャネルを指摘していますが、共に低所得層の労働所得の上昇の寄与が大きいとしています。
一方で、同じユーロ圏を分析対象としているにも関わらず、大規模資産購入政策が所得格差に与える影響を否定する文献も存在します。イタリアについて分析したCasiraghi et al.(2018)は、大規模資産購入政策に対して労働所得の格差は縮小するものの、総所得でみると、所得格差は変わらないとしています。また、Juan-Francisco,Gomez-Fernandez, and Ohando(2019)のユーロ圏の分析では、大規模資産購入政策が所得格差に与える影響はほとんどみられないという結果が得られています。ユーロ圏10か国について分析したCreel and El Herradi(2024)でも、所得格差に及ぼす影響はほとんどみられないとしています。
米国を対象とした研究をみると、労働所得の異質性チャネルの効果によって所得格差が縮小するとしているLee(2024)のような研究がある一方で、所得構成の異質性チャネルを通じて、所得格差が拡大すると主張するJuan-Francisco,Gomez-Fernandez, and Ochando(2019)もあり、また、所得格差に影響を及ぼさないとするNamini(2022)といった研究もあります。
英国についても、Mumtaz and Theophilopoulou(2017)は所得構成の異質性チャネルの効果により、所得格差が拡大するとしている一方で、Bunn,Pugh, and Yeates(2018)では、所得格差に影響はあらわれないという結果が得られています。日本については、Saiki and Frost(2020)が所得格差が拡大するという結果を報告している一方で、Inui,Sudo, and Yamada(2017)では、所得格差に影響はみられないという結果を報告しています。
次に、大規模資産購入政策が、資産格差に及ぼす影響をみていこうと思います。資産格差についても、同一地域であっても、研究によって結果がまちまちとなっています。
まず、資産格差への影響がみられると報告している論文をみてみると、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、米国、英国について分析したDomanski,Scatigna, and Zabai(2016)や、Juan-Francisco, Gomez-Fernandez, and Ochando(2019)の米国の分析では、資産構成の異質性チャネルの金融資産を通じた効果により、金融政策は資産格差を拡大させるとしています。ただ一方で、やはり米国について分析したLee(2024)では、金融政策の労働所得への波及効果が所得格差を縮小させることで、資産格差についても縮小方向に向かうとしているほか、ユーロ圏について分析したHoghberger,Priftis, and Vogel(2020)でも、資産構成の異質性チャネルと金利エクスポージャーチャネルの効果により、資産格差は縮小するとしています。
次に資産格差への影響はみられないとしている論文をみてみると、米国について分析したBivens(2015)では、住宅と金融資産の資産効果(資産構成の異質性チャネル)が打ち消し合い、全体では資産格差への影響はみられないとしています。フランス、ドイツ、イタリア、スペインについて分析したLenza and Slacalek(2024)でも、住宅と株式の資産効果が打ち消し合うことから、同様の結果が得られるとしています。また、イタリアについて分析したCasiraghi et al.(2018)では、資産構成の異質性チャネルと金利エクスポージャーチャネルの効果がキャンセルし、やはり格差への影響はみられないとしています。
英国について分析したBunn,Pugh, and Yeates(2018)では、金融資産の資産効果と住宅資産の資産効果やフィッシャーチャネルの効果がキャンセルすることにより、資産格差への影響はみられないとしています。Juan-Francisco, Gomez-Fernandez, and Ochando(2019)のユーロ圏の分析では、資産構成の異質性チャネルの効果などが小さく、資産格差への影響はみられないとしています。このほか、日本について分析を行ったInui,Sudo, and Yamada(2017)では、資産構成の異質性チャネルと金利エクスポージャーチャネルの効果がキャンセルすることなどのため、資産格差への影響はみられないとしています。
最後に、消費格差についてなのですが、これについては私の方でもいろいろと探したのですが、現状研究数が非常に少なく、何とも言えません。例えば、英国の分析を行ったMumtaz and Theophilopoulou(2017)では、消費格差が拡大すると指摘しており、日本について分析したSaiki and Frost(2020)でも、同様の指摘をしています。一方で、同じく日本について分析したInui,Sudo, and Yamada(2017)では、消費格差への影響はほとんどみられないとしています。また、米国の分析を行ったLee(2024)では、消費の反応は分布の両端で大きくなるU字型になるとしていますが、消費格差が拡大するかどうかについては、はっきり言えないとしています。
こうしてみると、大規模資産購入政策については、伝統的金融政策以上にまだまだこれから、といえると思います。
それでは次に、経済格差が拡大することが、金融政策に及ぼす影響についてみていこうと思います。


参考文献
Bivens, Josh(2015).”Gausing the Impact of the Fed on Inequality during the Great Recession,” Hutchins Center Working Paper #12, Hutchins Center on Fiscal and Monetary Policy at the Brookings Institution.
Bunn, Philip, Alice Pugh, and Chris Yeates(2018).”The Distributional Impact of Monetary Policy Easing in the UK between 2008 and 2014,” Staff Working Paper No. 720.
Casiraghi, Marco, Eugenio Gaiotti, Lisa Rodano, and Alessandro Secchi (2018).”A “reverse Robin Hood”? The Distributional Implications of Non-Standard Monetary Policy for Italian Households,” Journal of International Money and Finance, 85(C), 215-235.
Creel, Jerome, and Mehdi El Herradi(2024).”Income Inequality and Monetary Policy in the Euro Area,” International Journal of Finance & Economics,29(1),332-355.
Domanski, Dietrich, Michela Scatigna, and Anna Zabai(2016).”Wealth Inequality and Monetary Policy,” BIS Quarterly Review, Bank for International Settlements.
Hohberger, Stefan, Romanos Priftis, and Lukas Vogel (2020).”The Distributional Effects of Conventional Monetary Policy and Quantitative Easing: Evidence from an Estimated DSGE Model,” Journal of Banking & Finance, 113(C).
Inui, Masayuki, Nao Sudo, and Tomoaki Yamada (2017).”Effects of Monetary Policy Shocks on Inequality in Japan,” Bank of Japan Working Paper Series No.17-E-3.
Juan-Francisco, Albert, Nerea Gómez-Fernández, and Carlos Ochando(2019).”Effects of Unconventional Monetary Policy on Income and Wealth Distribution: Evidence from United States and Eurozone,” Panoeconomicus, 66(5), 535-558.
Lenza, Michele, and Jiri Slacalek(2024).”How Does Monetary Policy Affect Income and Wealth Inequality? Evidence from Quantitative Easing in the Euro Area,” Journal of Applied Econometrics, 39(5),746-765.
Lee, Donggyu(2024).”Quantitative Easing and Inequality,” Staff Reports No.1108, Federal Reserve Bank of New York.
Mumtaz, Haroon, and Angeliki Theophilopoulou(2017).” The Impact of Monetary Policy on Inequality in the UK. An Empirical Analysis,” European Economic Review, 98, 410-423.
Namini, Sima S.(2022). “Quantitative Easing Policy and Income Inequality in the U.S. Economy: Evidence from a FAVAR Model,” Journal of Quantitative Economics, 20(4), 759-779.
Saiki, Ayako, and Jon Frost (2020). “Unconventional Monetary Policy and Inequality: Is Japan Unique?,” Applied Economics, 52(44), 4809-4821.
内田浩文(2024)、「現代日本の金融システム:パフォーマンス評価と展望」、慶應義塾大学出版会
日本銀行(2024)、「金融政策の多角的レビュー」、日本銀行ホームページ
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