前回の投稿では、女性の労働参加がマクロ経済に与える影響をみてきました。では、90年代の米国のように、女性の労働参加が頭打ちになった時、どうすればいいのでしょうか。例えば他の、高齢者や、海外からの労働参加の増加ということが期待されますが、これだって頭打ちになったり、うまく伸びなかったりということがあるかもしれません。
そうした時、供給面から考えられることとしては、例えばオートメーション化やAIの利用を促進するということがあげられると思います。一方で需要側としては、きちんと消費者の所得に分配をして、消費を冷ますようなことがないようにする必要があると思います。
そう考えたところで、付加価値(企業の利益)に占める人件費の割合である、労働分配率の数字をみたいなと思ったのでみてみると、以下のようになっていました。

(出典)樋口・石井・佐藤(2016)図11
期間は2012年までと少し古めなのですが、これをみて真っ先に思ったのが、①日本は大きく変動している、②米国は変動が小さいということでした。順にみてみると、日本では1980年代にかけて労働分配率が低下していますが、これは労働生産性の上昇や、バブル期には企業が資産価格の上昇から利益を上昇させたことが影響しているといえます。一方で90年代に入ってからは、98年くらいまで、一時的に労働分配率が上昇していますが、これは日本が雇用・賃金の圧縮を簡単に行えないことから起こっていると考えられます。2008年、2009年にも一時的な労働分配率の上昇がみられますが、これも同じ理由だと考えられます。
2000年代に入ってからは、2008年、09年を除けば労働分配率が低下傾向にあるといえます。これは、企業収益が回復していく中で、賃金が上昇しないという現象が起きていたということだと思いますが、賃金が上昇しないのは、賃金よりも雇用の安定を重視する日本企業の体質や、企業が金融危機を恐れて内部留保を積み上げたこと、国際化や非正規労働市場の拡大により賃金に上昇圧力がかかりにくかったことがあげられると思います。
次に米国についてみてみると、一番安定している、というのが第一印象としてあります。理由として考えられるのは、例えば、日本とは違って米国では、景気に応じて雇用調整を積極的に行うので、労働分配率は一定に保たれるというのと、あとは、米国は組合が非常に強くて、歴史も古く、また、日本では企業単位の組合ですが、米国では産業単位で組合が組織されているので、影響力も大きくなり、そのため労働分配率が安定しているといったこと、また、米国には連邦政府が定める最低賃金の他に、州政府が定める最低賃金というものがあり、両者に差異がある場合にはより高い方が採用されることになっていますが、州の最低賃金が労働者の生活水準を保証する賃金の下限としての役割を担っていることが考えられます(例えば少し新しい分析ですが、菅井(2024)を参照)。
ただ、米国についてもよく見ると、大体2000年位を境に労働分配率に低下傾向が生じています。この点について、あるレポートでは製造業の労働分配率が低下しているという指摘もあり(西川(2013))、それを踏まえると、1つには製造業の賃金が抑制されているということが考えられ、その要因としては、例えば企業が比較的組合の活動が弱い州や海外に生産拠点を動かしたり、そもそも米国の組合の力が弱まったり(組合の組織率の低下とか)ということが考えられます。海外ということでは、貿易やアウトソーシングの影響も指摘されています。また、一部の巨大企業で労働分配率が低かった場合、その企業の市場の独占率が高まると、産業全体でも労働分配率は低くなり、また、マクロでも影響が生じるということも指摘されています。
その他、かわったところではGDPなどの計算を行う国民経済計算の中で、ソフトウェア、研究開発費、美術作品といったIntellectual Property Products (IPP)、知的財産製品を中間消費ではなく資本財として扱うようになったことから、こうしたものへの支出が総投資、そしてGDPの中に含まれることになり、そのためこうした項目の趨勢が、労働分配率にも影響を与えているというものもあります(Koh, Santaeulàlia-Llopis, and Zheng(2020))。
最後に、欧州の3か国については、米国同様、全体に比較的労働分配率が安定している様子が伺えます。いずれの国も、労働組合がある程度の力を持っていることや、失業保険が比較的充実していることなどのため硬直的な高賃金構造となっていることなどが要因の1つと考えられます(英国やフランス、特に英国では、高い最低賃金制度も一因と考えられます)。
またフランスについては、1980年代に労働分配率の低下がみられます。状況としては、GDPは安定して成長している一方で、失業率が上昇するということが起きていました。なぜこのようなことになったのかについてはいくつか意見があり、例えば、労働者の過大な賃上げ要求があり、それが失業率の増加に結び付いたとする指摘(Blanchard and Fitoussi(1998))や、国際的経済環境の変化(第1次石油ショック後のスタグフレーション、世界経済における混乱と停滞、西欧諸国の競争力の喪失と国際的な政策協調の欠如)に対して賃金が硬直的で調整されなかったこと(Malinvaud(1986))などが言われています。
参考文献
Blanchard, Olivier, and Jean-Paul Fitoussi(1998). Croissance et chômage, La documentation française,9-38.
Koh, Dongya, Raül Santaeulàlia-Llopis, and Yu Zheng(2020).” Labor Share Decline and Intellectual Property Products Capital,”Econometrica,88(6),2609-2628.
Malinvaud,E.(1986).“The Rise of Unemployment in France,” Economica, supplement, 53,197−217.
菅井郁(2024)、「米国:最低賃金引き上げの経済効果~2024年は個人消費を70億ドル押し上げ~」Mozuho RT Express、みずほリサーチ&テクノロジーズ、2024年3月1日
西川珠子(2013)、「米国産業の変化~マクロ経済統計にみる「製造業復活」の実態~」、みずほ総研論集2013年Ⅱ号
樋口美雄・石井加代子・佐藤一磨(2016)、「日本の所得格差と所得変動―国際比較・時系列比較の動学分析」、DP2016-004、Panel Data Research Center at Keio University
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