経済格差と金融政策(8)-経済格差の拡大が金融政策に与える影響①

前回までは、金融政策が不平等に与える影響についてみてきました。一方で、金融政策の分配効果は逆の意味、金融政策のマクロ的な効果の程度にも影響を与えるという観点も重要です。つまり、家計の所得や資産・負債の構成によって、金融政策のマクロ的な効果が異なる可能性があるということになります。

例えば、仮に経済格差が拡大すると金融政策の効果が弱まるのであれば、様々な要因により経済格差が拡大する時に、景気後退が発生するのにあわせて金融緩和をしても、思ったような効果があがらないということになります。そうした場合には、他の政策手段を講じる必要があるわけですが、そのことが予想できずに直撃を食らってしまった場合、後続の政策手段が遅れる可能性があります。

また、仮に経済格差が拡大すると金融政策の効果が強まるような場合にも、知っていた方がいいということがあります。日本は比較的格差が小さい国ですが、例えば米国のような、日本よりも格差が大きい国で有効な金融政策があった場合に、同じように日本で導入しても、思ったほど効果があがらない、というようなことが起こるかもしれません。ただ、経済格差が拡大すると金融政策の効果が強まるとわかっていれば、メカニズムも見当がつくため、検証することができます。

では、実際の実証分析でどのようなことが言われているのか、ということになりますが、調べた限りでは、現状研究の数がまだ少ないということがいえるというのと、金融政策の効果が強まるとする研究、弱まるとする研究両方が存在するということがいえます。

金融政策の効果が強まると指摘する研究には、Cumming and Hubert(2020)やAlves and Acharya(2024)があります。ともに実証分析で、前者は英国、後者はカナダについて分析を行っています。これらの論文が指摘しているのは、低所得の家計では、流動性制約が比較的厳しく、金融緩和政策を行うと、こうした家計の消費が大きく喚起されるため、マクロでも金融政策の効果が高まるとしています。

一方で、金融政策の効果が弱まるとする研究もあります。Awazu et al.(2022)では、OECD20か国と米国の州ごとの実証分析から、所得格差が拡がると、金融政策の効果は弱まると指摘しています。要因としては、まず、高所得層の増加は、こうした人達は借り入れ需要が小さくまた限界消費性向も低いので、消費喚起の効果が小さくなるということと、低所得層についても、格差が拡大すると、いわゆるデットオーバーハングのような状態に陥るケースが多くなり、金融緩和の効果が小さくなるとしています。

デットオーバーハングというのは、家計や企業が過剰債務を背負った場合に、新規の資金調達を行えなくなるということで、企業であれば予定する新規事業が成功しても収益の大半が既存債務の返済に充てられてしまい、新たに資金調達した資金の貸し手に十分なリターンを保証できないため、新規の資金調達ができないということになります。一方で家計については、抱える負債が所得対比で多いため、金融機関から借りれない場合や、いわゆるホームエクイティローン(住宅の評価額と債務残高の差額を担保に組むローン)を考えている家計では、住宅資産価値よりも負債が大きくなるために、この方法を用いることができないような場合となります。

米国の分析を行った他の研究でも、同様の指摘がされています。Alpanda and Zubairy(2019)では、米国の州ごとの実証分析を行い、家計の債務が大きい場合には、金融政策の効果が弱まると指摘しており、さらに部分均衡モデルを用いた理論的な分析から、債務水準が高い時に、ホームエクイティ―ローンを通じた効果が働かないことが要因であると指摘しています。また、同じく米国の州ごとの実証分析を行ったBeraja et al.(2019)(実は管理人(2025)でも紹介させていただきました…といっても脚注ですが…興味のある方は脚注19を参照ください)でも、世界金融危機の際に被害が大きかった地域では、その後の金融緩和政策による住宅価格の上昇効果が小さく、そのため住宅を担保としたホームエクイティ―ローンが活発に行われずに消費が伸びず、消費格差が拡がる結果になったと指摘しています。

(注)ただ、デットオーバーハング仮説については、その効果を否定する研究もあって、Svensson(2021a,b)ではオーストラリアと英国の分析から、デットオーバーハングが金融危機時に消費の低迷をもたらしたというよりは、それ以前の消費が過剰債務による過剰消費となっていて、それが正常に戻っただけだと指摘しています。難しいですね…

他には、金融政策が家計の労働供給に与える影響に着目した研究もあります。金融政策が労働供給に??とか思われるかもしれません。これも管理人(2025)で少し触れたのですが、脚注だったので(P12の脚注17を参照してください)、簡単に触れたいと思います。基本的に金融政策の世界では、経済の需要に作用する経路を考えており、FRBのパウエル議長も過去の講演(Powell(2022))の中で、”Policies to support labor supply are not the domain of the Fed: our tools work principally on demand”と述べていて、家計の労働供給にどのように作用するのかを考えることはありません。ただ、近年ではそうした中でも、労働供給にどのような影響が及ぶのかということも注目されるようになってきています(研究については管理人(2025)の脚注17を参照して下さい)。

比較的古い研究(例えばChang and Kim(2006))でも指摘されていますが、家計の労働供給の弾力性というのは置かれている経済状況などによって異なっていることが知られています。Ma(2023)では、米国のミクロデータを用いた実証分析を行い、経済格差が拡がった場合と縮小した場合とで、どちらがマクロの労働供給の弾力性が大きくなるかを分析しています。結論としては、格差が小さく、個々の労働供給の弾力性のばらつきが小さい状態の方が、マクロでみて労働供給の弾力性が大きくなり、金融緩和政策に対するGDPの反応も大きくなると指摘しています。

このように、経済格差が拡大した時に金融政策の効果が強まるのか、弱まるのかについてみてみると、強まると主張する研究も、弱まると主張する研究も存在している状況といえます。また、研究の数もまだまだ少ないので、これからということだと思います。

次回はもう少し、関連する研究をみていこうと思います。

参考文献

Alpanda, Sami, and Sarah Zubairy(2019).”Household Debt Overhang and Transmission of Monetary Policy,” Journal of Money, Credit and Banking, 51(5), 1265-1307.

Alves, Felipe, and Sushant Acharya(2024).”How Changes in the Share of Constrained Households Affect the Effectiveness of Monetary Policy,” Staff Analytical Notes No.2024-3.

Awazu, Luiz, Pereira da Silva, Enisse Kharroubi, Emanuel Kohlscheen, Marco Lombardi, and Benoît Mojon(2022).” Inequality Hysteresis and the Effectiveness of Macroeconomic Stabilisation Policies,”Bank for International Settlements.

Beraja, Martin, Andreas Fuster, Erik Hurst, and Joseph Vavra(2019).”Regional Heterogeneity and the Refinancing Channel of Monetary Policy,” Quarterly Journal of Economics,134(1),109-183.

Chang, Yongsung, and Sun-Bin Kim(2006).”From Individual to Aggregate Labor Supply: A Quantitative Analysis Based On A Heterogeneous Agent Macroeconomy,” International Economic Review, 47(1),1-27.

Cumming, Fergus, and Paul Hubert(2020).” The Role of Households’ Borrowing Constraints in the Transmission of Monetary Policy,” Staff Working Paper No.836, Bank of England.

Ma, Eunseong(2023).”Monetary Policy and Inequality: How Does One Affect the Other?” International Economic Review,64(2),691-725.

Powell, Jerome H.(2022).”Inflation and the Labor Market,” speech at the Hutchins Center on Fiscal and Monetary Policy, Brookings Institution on November 30.

Svensson, Lars E.O.(2021a).” Household Debt Overhang Did Hardly Cause a Larger Spending Fall during the Financial Crisis in Australia,”CEPR Discussion Paper No.16094.

Svensson, Lars E.O.(2021b).” Household Debt Overhang Did Hardly Cause a Larger Spending Fall during the Financial Crisis in the UK,”NBER Working Paper No.28806.

管理人(2025)、「ミクロ情報を踏まえた世界と経済政策-1人1人が違う世界の金融政策(1)」、当サイト

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