経済格差と金融政策(10)-経済格差の拡大が金融政策に与える影響②

今回はまず、前回と違う視点で経済格差が金融政策に影響を及ぼす可能性についてみてみたいと思います。この際の重要なファクターは、中央銀行に対する信頼への影響になります。あたり前といえばあたり前ですが、中銀に対する信頼が低下すると、政策の効果が低下するという指摘は様々行われていて、例えばChristelis et al.(2020)では、中央銀行への信頼が高い家計の方が、インフレ予想が中銀のインフレ目標値に収束する傾向がみられることや、マクロでみても、全体的な中央銀行への信頼の高まりが、インフレ予想を中銀の目標値に安定的に収束させることに繋がると指摘しています。

では、経済格差と中央銀行の信頼にはどのような関係性があるのでしょうか。経済格差と社会への信頼感の関係については、景気後退の問題がより顕著になる危機の時期に、不平等に対する懸念が信頼感に強い影響を与えると指摘する研究があったり(Ervasti,Kouvo, and Venetoklis(2019))、強力な福祉政策・再分配政策があると、不平等が信頼感におよぼす影響は弱くなると指摘する研究(Kumlin, Stadelmann-Steffen, and Haugsgjerd(2017))もあります。

一方で、家計の特性と中央銀行の信頼感の関係については、例えばFarrell,Fry, and Fry(2020)が英国について分析を行い、高齢者や高学歴者ほど、中央銀行への信頼感が高くなると指摘しているほか、金融センターがあるロンドンに住んでいる人ほど、中央銀行への信頼感が高くなるとしています。では、経済格差が中央銀行の信頼感に与える影響についてはどうなっているのでしょうか。

van der Ctuijsen and Samarina(2023)では、ベルギー、ドイツ、スペイン、フランス、イタリア、オランダの6か国について分析を行っています。結果をみてみると、いずれの国でも所得が高い層ほど、中央銀行(ECB)への信頼感が高まるという結果を得ています。また、マクロベースでは、国内の所得格差が小さな国では中央銀行への信頼感が高く、一方で所得格差が大きな国では信頼感が低くなる傾向があると指摘しています。

さらに論文では、ECBだけでなく欧州議会(European Parliament)や欧州委員会(European Commission)への信頼感についても分析しており、これらでも同様の傾向はみられるものの、3者を比較すると、ECBへの信頼感が最も所得格差の影響を受けることを示しています。

因みに、論文では所得格差についてはある程度明確な傾向を指摘していますが、一方で、資産格差についてはこうした傾向が検出できなかったとしています。この理由について、論文では、世帯レベルの資産情報の精度の高いデータが得られず、満足のいく分析が行えなかったことを指摘しています。

また、経済格差に対して持っている“実感”の違いが、中央銀行の信頼感に影響を及ぼす可能性もあります。例えば先ほどあげたFarrell,Fry, and Fry(2020)では、現在の所得分配に対して満足している家計では、中央銀行への信頼感が高くなることを示しています。van der Ctuijsen and Samarina(2023)でも、欧州6か国の分析から、いずれの国でも、不平等が大きすぎると感じている家計では、ECBへの信頼感が低くなる傾向にあると指摘しています。

以上をみてみると、経済格差やそれに対する“実感”のようなものは、中央銀行の信頼感に影響を与えると考えられます。こうした信頼感の低下は政策効果の低下に繋がる可能性があるため、中央銀行としてはコミュニケーションの強化といった対応を迫られる可能性があります。

次は、経済格差の拡大が、中央銀行の政策行動に制約を生むという例をみてみたいと思います。ここで重要になるファクターとなるのは、家計の負債になります。

家計の負債が積み上がる時に怖いのは、負債の返済が行えなくなる家計が増加することによって、マクロ経済や金融システムに大きなマイナスの影響が生じることといえます。こうしたリスクが怖いのは、マクロの負債額がそれほど大きくなくても、特定の層に偏った分布となることで、大きなリスクになる可能性があるということです。

Fierro,Giri, and Russo(2023)では、負債の積み上げを通じて金融政策当局の政策実行にどのような制約がかかるのかを、モデルを用いて理論的に分析しています。論文では米国経済を念頭にモデルを構築しているのですが、米国は、経済格差の拡大と負債の積み上げの関係が比較的強く出やすい経済構造をしているといえ、影響を分析するのに適した経済環境といえます。

どういうことかといいますと、米国では、1980年代に経済格差の拡大が問題になったのですが、その際、政府の対応として、低所得層の住宅の取得を推奨するため、政府をあげて住宅ローンのハードルを下げるということを行っており、そのため低所得層のローンが上昇しやすい環境にあります。

でも、一般的には経済格差が拡大すると、まずは財政政策による再分配政策が行われるのではと思ってしまうのですが、この時どうしてそのような対応になったのかについては、当時の米国では、格差の拡大が政治にも影響をあたえてしまい、具体的には、民主党では再分配政策が比較的支持が得られやすかったのに対して、共和党では賛成が得られないというような、政治的に難しい状況が生じてしまったということがあります。

論文では、ここまで説明したような低所得家計の住宅の取得を表現するため、家計の「周囲に対する見栄張り(Keeping up with the Jones: KUJ)」消費というものを、モデルの中に組み込んでいます。

KUJ消費は、消費の外部性(Consumption Externalities)と呼ばれるものになります。通常の場合、ある消費者の時点効用関数は自身の当該消費を主たる独立変数として定式化します。つまりこれは、時点効用関数の定式化の際に、「ある消費者の選好は他の消費者とは互いに独立である」という前提が暗黙のうちに想定されているということになります。

ただ、現実の消費行動を考えると、社会全体の流行やブームに乗ったり、あるいは逆に社会の流れに背を向けたりと、消費者同士が互いに影響し合うことも多々存在していて、このような相互依存関係を消費の外部性と呼んでいます。

消費の外部性に関する研究は、Veblen(1899)、Duesenberry(1949)、Modgliani(1949)、Leibenstein(1950)などで、比較的早い段階から行われてきましたが、その中でもGali(1994)では、総消費の平均が同時点の消費決定に正の消費外部効果を与えるとし、周囲に対する見栄張り(KUJ)消費と呼びました。

こうしたKUJ消費については、Frank(2005)が大きな厚生損失をもたらす可能性があると指摘しています。一方でHuang et al.(2022)では、KUJ消費を考慮すると、政府支出に対して消費が積極的に反応する様子を描くことができると指摘しています。

(注)因みに、消費の外部性の定式化には、“過去の総消費の平均”が影響を及ぼすとする考え方もあり、Abel(1990)が提示しています。Abel(1990)では、こうした定式化をCatching up with the Jones(CUJ)と呼んでいます。

論文ではこうした仕組みをモデルに組み込んで分析を行い、不平等ショックが生じると、マクロレベルでの貯蓄率の低下・負債の上昇が生じ、さらに失業率の上昇やインフレ率の低下を引き起こすことを示しています。これはまさに、世界金融危機の時の米国経済の状況といえます。

その上で、そうした場合に金融政策がどのような影響を受けるのかについて、論文では、中央銀行が行う金融政策は非常に限られたものになり、具体的にはleaning against the windレジームかaccommodativeレジームのどちらかになるとしています。

このうちaccommodativeレジームでは、積極的に金融緩和を行うことになりますが、その結果として、不平等ショックにより生じる失業率の上昇やインフレ率の低下は緩和されるものの、家計の負債は積み上がり続けることになるため、金融システムの不安定性は高まるとしています。一方で、leaning against the windレジームは、中央銀行が金融システムの安定に重きを置いた政策運営を行うというものですが、この場合には、金融システムの安定を得るかわりに、総需要のより大きな低下を招くことになるとしています。

もちろん、ここでみてきたような米国の例というのは比較的極端なケースだとは思いますし、消費の特徴がもっと通常の家計の特徴に近いような国では、そこまで家計の負債の影響を考える必要がないというようなことも起こるかもしれません。それでも、負債は一般に所得の低い層で増えるということは、どこの国でも同じように言えることを考えると、論文の指摘は重要な示唆をあたえているといえると思います。

ここまで、経済格差と金融政策というテーマで研究を整理してきました。折角ここまでいろいろと研究を整理してきたので、(次回かどうかはわかりませんが)今後については、もう少し異なる視点から、家計の異質性と金融政策について整理してみたいと考えています。

考えているのは2つで、1つは、個々人が実際に経験するインフレ率の違いという観点です。それこそ現在はインフレ時代ですが、個々の値上がりをみてみると、食料品のように上昇を引っ張る商品があるわけで、仮にそういった商品の支出に占めるウエイトが高い家計の場合には、実際に本人が直面するインフレ率というのは、公式のインフレ率よりも大きくなる可能性があります。こういった点を金融政策との関係で考えた(ですので、金融政策に対して個々の商品価格がどのように反応するのかを調べることが必要になるのですが)研究をみてみたいと考えています。

もう1つは、家計の先行きの経済見通しが与える影響です。家計の消費行動を考えてみると、当然、ここまでみてきたような、現在の所得や雇用の状況、資産・負債といったものに影響されますが、管理人(2025)でもみた通り、将来の経済見通しや個人的な雇用・所得に対する見通し(その不確実性)が予備的貯蓄の程度に影響を与えたり、例えば異時点間代替効果についても、これは実質金利の変動に影響を受けますが、その実質金利はフィッシャー方程式が名目金利=インフレ予想+実質金利であるため、名目金利の変動に加えて、インフレ予想の変動にも影響されることがわかります。

こうした中、家計のインフレ予想についてみてみると、同じ国の中でも人によって違っているということが知られています。今後の調査では、特にこのインフレ予想の部分に焦点をあてて、実証研究や、理論的にどのようにこうしたことを取り込んでいるのか(伝統的なモデルでは合理的期待形成を仮定しているので、個々の家計のインフレ予想は同じですし、例えば家計間でインフレ予想が異なっていて、マクロベースでみたときに合理的ではない思考回路の家計を考えたくなるような時には、この仮定を修正する必要があります)についてみていきたいと考えています。

参考文献

Abel, A.B.(1990).”Asset Prices under Habit Formation and Catching up with the Jones,”American Economic Review,80(2),38-42.

Christelis, Dimitris, Dimitris Georgarakos, Tullio Jappelli, and Maarten van Rooij(2020).”Trust in the Central Bank and Inflation Expectations,” International Journal of Central Banking,16(6),1-37.

Dusenberry, J. S.(1949). Income, Saving and the Theory of Consumer Behavior, Harvard University Press.

Ervasti, Heikki, Antti Kouvo, and Takis Venetoklis(2019).”Social and Institutional Trust in Times of Crisis: Greece, 2002–2011,” Social Indicators Research: An International and Interdisciplinary Journal for Quality-of-Life Measurement, Springer,141(3),1207-1231.

Farrell, Lisa, Jane M. Fry, and Tim R.L. Fry(2020).“Who Trusts the Bank of England and High Street Banks in Britain?” Applied Economics, 53 (16),1886–1898.

Fierro, Luca Eduardo, Federico Giri, and Alberto Russo(2023).”Inequality-constrained Monetary Policy in a Financialized Economy,” Journal of Economic Behavior & Organization, 216, 366-385.

Frank, Robert H. (2005).”Positional Externalities Cause Large and Preventable Welfare Losses.” American Economic Review ,95 (2), 137–141.

Gali, J.(1994).”Keeping Up with the Joneses: Consumption Externalities, Portofolio Choices, and Asset Prices,” Journal of Money, Credit and Banking,26(1),1-8.

Huang, Kevin X.D., Fengqi Liu, Qinglai Meng, and Jianpo Xue(2022).”Keeping up with the Joneses and the Consumption Response to Government Spending,” Economics Letters,220,110869.

Kumlin, Staffan, Isabelle Stadelmann-Steffen, and Atle Haugsgjerd(2017).’Trust and the Welfare State’, in Eric M. Uslaner (ed.), The Oxford Handbook of Social and Political Trust, Oxford Handbooks.

Leibenstein, H.(1950).”Bandwagon, Snob, and Veblen Effects in the Theory of Consumers’ Demand,” Quarterly Journal of Economics,64(2),183-207.

Modiliani, F.(1949).”Fluctuations in the Saving-Income Ratio: A Problem in Economic Forecasting,” Studies in Income and Wealth,11, National Bureau of Economic Research.

van der Cruijsen, Carin, and Anna Samarina(2023).”Drivers of trust in the ECB during the Pandemic,” Applied Economics, 55(13), 1454-1476.

Veblen, T.(1899). The Theory of the Leisure Class,The Modern Library.

管理人(2025)、「ミクロ情報を踏まえた世界と経済政策-1人1人が違う世界の金融政策(1)」、当サイト

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