今回は、実証分析の結果についてみていこうと思います。実は前回の最後の方を書いていた際、自分では、自分がしていた理論の説明と、実証分析の結果が合わない、つまり、前回の説明では、財政乗数は1を下回るような結果になってしまいましたが、実証の結果はこれと異なるだろう、と思っていました。
ただ、よくよく調べてみると、どうもそうでもないらしい、ということみたいです。確かに一部の研究では、1を超える財政乗数を計測しているのですが、現状としては、平均的な数値として、概ね1を超えない範囲の数字だろうとされているようです。
因みに、Salmon(2025)という論文が、実証分析を行った研究をサーベイしたところでは、インパクト時点の財政乗数は平均が0.55で中央値が0.51であり、2/3以上は0.60~0.70の範囲に収まっているとしています。また、ピークの財政乗数の値については、平均が0.86で中央値が0.90であり、2/3が0.70~1.20の範囲に収まっていて、長期の財政乗数の値については、平均が0.48で中央値が0.63となり、ほとんどが0.40~0.80の範囲に収まっているとしています。
図1.実証分析で得られている財政乗数の値

(出所)Salmon(2025)
因みに、この数字は、これよりは古いですが有名なサーベイ論文であるRamey(2019)や、最近のサーベイであるHlavacek and Ismayilov(2024)とも近いといえます。
また、財政乗数は、時系列でみると緩やかに上昇して、その後低下するというのが一般的な形といえます。これは、財政刺激策の初期効果は比較的弱いのですが、経済における乗数効果などのメカニズムによって、時間の経過とともに効果が増幅されていき、ただ、経済が調整されていくことによって、長期的にはクラウディングアウトやリカードの等価性の効果が強くなっていくというようなイメージだといえます。
いずれにしても、この範囲だと、前回の説明は“そんなに悪くない”ということになるみたいです。
その他に、この財政乗数というのは、実はいつでも一定というわけではなく、様々な要因で変動することが指摘されています。その中の1つとして、景気循環に依存して財政乗数が変わるという話があります(上の数字はあくまで平均的なもので、好景気と不景気でバラつくというイメージです)。
この基本的なイメージとしては、好景気の時には財政乗数が低くなり、不景気の時には財政乗数が大きくなるというものです。なぜかといえば、好景気の時には、そもそも経済資源の余剰が少ないので、そこで政府支出を増やしてしまうと、民間の消費が下がるという、前回の理論の説明みたいなことが起こるのに対して、不景気の時には、逆に経済資源の余剰が多くあるので、財政乗数は大きくなるためです。
では、この数字がどうなのか、ということなのですが、これについても、一部の研究では、不景気の時には財政乗数が1を超えると分析しているのですが、全体を通してみると、不景気の時でも財政乗数は1を下回るという計測結果になってきているみたいです。先ほどのRamey(2019)でも、景気後退期における財政乗数増加の証拠について、“脆弱であり、最も確固とした結果は、これらの期間における乗数が1以下になることを示している”といっています。
(注)もっと昔のサーベイ論文(Baunsgaard et al.(2014))をみてみると、景気後退時の財政乗数は1を超える値という計測結果が推されているのですが……それだけ研究が進んできたということだと思います。
また、財政政策が注目されるシチュエーションとして、金融緩和が限界にくる状況というのが考えられます。この状況というのが、一般にゼロ金利制約と呼ばれる状況で、マイナス金利政策をはじめとしたいわゆる非伝統的な金融政策をしなければ、政策金利がこれ以上下げられなくなるので、それでも経済を刺激したいということになると、政府としては財政政策に期待をかけなければならなくなります。
ですので、この時に財政乗数がどうなるのかというのは注目されるところではあります。また、ゼロ金利制約下ということになると、金利の上昇にともなうクラウディングアウト効果もないと考えることができるので、俄然期待が持てる、ということになるわけです。
で、実際計測してみるとどうなのかということですが、先ほどのRamey先生がRamey(2011)やRamey and Zubairy(2018)といった研究をしています。このうちRamey(2011)では、“金利がゼロの制約下で実質的に一定に保たれた長期間において、乗数がより大きくなったという証拠は見つかっていない”と、さきほど同様、いかついメッセージを残されています。Ramey and Zubairy(2018)の方でも、“財政乗数がゼロ制約下で大きくなるという(ニューケインジアンモデルの)主張を裏付ける確固たる結果は得られなかった”と、やはりいかついメッセージを残しています。
もう1つ、政府の債務残高との関連というのも、やはり注目されるテーマです。
政府の債務残高が大きくなると、限られた資本をめぐって政府の借入が競合してしまい、長期金利の上昇に繋がることになるため、民間投資をクラウドアウトしてしまう可能性があります。
Freedman et al.(2009)ではこのトレードオフを強調して、“財政規律という明確なコミットメントが欠如している場合、拡張的な財政措置は長期実質金利の上昇につながり、財政措置によるGDPの刺激効果が相殺される傾向がある”としています。このような状況下では、財政政策が力強い経済成長をもたらす可能性が低下することになるため、大きな政府債務を抱える国での財政政策の持続可能性と効率性について、重要な疑問が生じることになります。
実際に計測してみるとどうなのかということについてですが、最初に分析を行った研究としてはKircher,Cimadomo, and Hauotmeier(2010)という論文があり、ここでは、政府債務残高が大きくなると、財政乗数は低下するとしています。また、Nickel and Tudyka(2014)では、財政刺激策の持続性について分析していて、低債務国(ここでは債務比率が最大35%までの国)の場合には、高債務国(約105%)と比べて財政刺激策が長く続くことを示しています。
ただ、こうした実証分析の話は、まだまだ結論がでていない状況のようです。というのは、財政政策の効果の計測がとにかく難しいということがあるようなのですが、こうした点については次回に回したいと思います。
参考文献
Baunsgaard, T., A. Mineshima, M. Poplawski-Ribeiro, and A. Weber(2014).”Fiscal Multipliers: Size, Determinants, and Use in Macroeconomic Projections,” technical notes and manuals 14/04,International Monetary Fund.
Freedman,Charles, Michael Kumhof, Douglas Laxton, and Jaewoo Lee(2009),”The Case for Global Fiscal Stimulus,”IMF Staff Position Notes SPN/09/03.
Hlavacek, Michal, and Ilgar Ismayilov(2024).”Uncovering Publication Bias in Fiscal Multiplier Estimates,” Czech Journal of Economics and Finance,74(4),392-431.
Kirchner, Markus, Jacopo Cimadomo, and Sebastian Hauptmeier(2010).”Transmission of Government Spending Shocks in the Euro Area: Time Variation and Driving Forces,”Working Paper Series No.1219, European Central Bank.
Nickel,Christiane, and Andreas Tudyka(2014).”Fiscal Stimulus in Times of High Debt:Reconsidering Multipliers and Twin Deficits,”Journal of Money, Credit and Banking,46(7),1313-1344.
Ramey,Valerie A.(2011).”Can Government Purchases Stimulate the Economy?”Journal of Economic Literature,49(3),673-685.
Ramey,Valerie A.(2019).”Ten Years after the Financial Crisis:What Have We Learned from the Renaissance in Financial Research?”Journal of Economic Perspectives,33(2),89-114.
Ramey,Valerie A., and Sarah Zubairy(2018).”Government Spending Multipliers in Good Times and inBad: Evidence from US Historical Data,”Journal of Political Economy,126(2),850-901.
Salmon, Jack(2025).”The Government Spending Multiplier: A Survey of Empirical Literature,”Mercatus Working Paper No.March 11,2025,George Mason University.
コメントを残す