“財政政策”の分析について調べてみる④-財政政策による景気刺激策の効果の分析(3)

前回の投稿(“財政政策”の分析について調べてみる③-財政政策による景気刺激策の効果の分析(2)(2025/10/29))では、財政政策の効果の実証的な計測の話を次はしようというような形で終わったのですが、ちょっとその前に、前回の話の補足をしたいと思います。

それは何かというと、財政出動をするという場合に、どういったところにどれだけお金をかけた方がより効果的なのか、というような、そんな観点の話を追加しようかなと思います。

新古典派経済学の有名なモデルにリアルビジネスサイクルモデルというものがありますが、その有名な初期の研究として、Kydland and Prescott(1982)という研究があります。ここでは、平均的な経済主体を考えて動学的なモデルを構築し、多くの経済主体に共通の影響を及ぼすマクロショックのみに焦点をあてて、その波及メカニズムを分析しています。

この考え方の背景としては、企業や産業などのミクロレベルのショックは、マクロレベルの経済現象に影響を与えないという前提があります。ミクロショックは互いに独立に生じるため、部門の細分化の度合いを高めてショックを細かく分割していけば、集計レベルでは互いに相殺されて消滅してしまうと考えられていたためです。いわゆる大数の法則を理論的背景としたこうした考え方は、Lucas(1977)に代表される多様化論(diversification argument)として知られています。

ただ、実際の経済活動を考えてみると、例えば企業や産業部門は互いに相互依存関係の中で影響を及ぼし合っており、こうしたネットワーク構造がショックの伝搬メカニズムに特別な効果を持つと考えると、たとえミクロレベルのショックが互いに独立であっても、多様化論が成立しない可能性が考えられます。

Long and Plosser(1983)では、家計については代表的家計(単一の家計)を考え、一方で企業については複数の異なる企業がいて、投入・産出構造を通じて各企業に相互連関があり、また、リアルビジネスサイクル理論では技術ショックを考えるのですが、各企業に固有の技術ショックが発生するとしたモデルを構築し、これを用いて、企業固有のショックが経済全体の変動を生み出す可能性を実証的に分析しました。他にも、Horvath(1998)では、大数の法則が破れる場合にミクロレベルのショックが相殺されず、セクター間の相互作用を通じてマクロ経済に影響を及ぼすことを理論的に示しています。さらに、Shea(2002)では、米国の実証分析から、投入・産出構造とミクロショックが、マクロ経済変動の重要なファクターであることを示しています。

でも、ミクロレベルのショックで財政出動って…と思うかもしれませんが、例えば1つの例として、トランプ関税の様なケースが考えられます。丁度最近2025年7~9月期のGDP速報値が発表されましたが、米国向けの自動車輸出が落ち込み、このことが大きな一因となって、GDPが久々(6四半期ぶり)にマイナス成長になったことが報道されていました。

これが短期的な影響であればいいですが、仮に長引いたり、もし関税交渉が上手くいかずに、もっと大きな影響がでてしまっていたら、政府が何かしなければいけないという状況になっていた、もしくはなるかもしれません。

自動車産業の場合、例えばトヨタを考えればわかりやすいですが、その地域や、むしろ国を支えるような大企業で、従業員も多ければ関連する企業の数も多く、もしこの企業が倒れるというようなことになると、経済に与える影響はとんでもないことになってしまいます。

実は、こんなミクロショックのケースを理論的に研究した論文も存在します。例えばGabaix(2011)では、企業規模の分布が一様分布(均質な状態)ではなくジップの法則とよばれるべき乗則(不均質な状態)に従う場合を考えて、漸近分布の収束が遅くなることで大数の法則が破れる(つまり、ミクロレベルのショックがマクロ経済に影響を与える)と指摘しています。

数学的な話になりますが、例えばn企業の一様分布集計値の標準偏差はσ/√nで与えられ、一方でジップ分布集計値の標準偏差はσ/ln(n)で与えられます。今σ=0.25としたとき、n=1000に対して前者は0.008であるのに対して、後者は0.036となり、後者の収束が非常に遅いことがわかります。

これはつまり、企業規模の分布が一様な場合(かつ企業数が多い場合)には、売上なりなんなりの推計値を得たいとしたときに、サンプル数をどんどん増やしていくことで、個社要因の影響がどんどん薄まっていくのですが、ジップ分布の場合には、規模の小さい企業数は多い一方で、大企業の数はどんどん少なくなるというようなケースなので、トヨタのような大きなところで影響があると、サンプル数を増やしても推計値に影響が残り続ける、ということになります。

(注)因みに、ジップ分布は変数変換をすることで、パレート分布と呼ばれる連続分布と同じ形(その離散型)になることも知られていますが、パレート分布も、一国の(やはり不均質な)所得分布を表現するものとして、19世紀のイタリアの学者、Vilfredo Paretoによって考案された確率分布として有名です。

このような経済の場合、一部の大企業に生じる固有のショックが、マクロ経済に影響を与える可能性があるということになります。こうしたGabaix(2011)の考え方は、“粒状仮説”と呼ばれています。

一方で、Acemoglu et al.(2012)では、経済ネットワーク構造が均質ではなく、ショックを伝搬させるメカニズムも方向によって一様ではない場合を理論的に考えています。具体的には、経済の中には桁違いの規模を持つ巨大企業や産業部門が存在して、経済ネットワークのハブ機能を果たしていますが、こうしたハブの存在が、ショックの伝搬に大きな偏りをもたらし波及効果に歪みを生じさせると考えています。

この場合、ネットワーク構造の偏りがべき分布に従うほど桁違いに大きい場合、部門の細分化の度合いを高めてミクロショックのサイズを細かく切り刻んだとしても、ショックの余波は相殺されず、経済全体に無視できない偏りが残ってしまうことになります。論文では、米国の産業連関表のデータを用いて実証分析を行い、産業連関ネットワーク構造の不均質さの程度がべき分布に従うほどに大きいことも示しています。

このAcemoglu et al.(2012)の考え方は、マクロ経済変動の“ネットワーク仮説”と呼ばれています。また、一般に産業連関分析では、中間財の供給を通じてネットワークの下流へショックが波及する、“前方連関効果”と、財の需要を通じてネットワークの上流へショックが波及する、“後方連関効果”を考えますが、論文ではこのうち前方連関効果に焦点をあて、供給サイドのネットワーク効果に起因するマクロ経済変動を分析しています。

この研究についてはさらにモデルの仮定を緩めることによって異なるネットワーク効果を検証する研究も行われていて、Acemoglu,Akcigit,and Kerr(2016)では、ベンチマークモデルを需要サイドの効果も含むモデルに修正し、上流への後方連関効果と下流への前方連関効果を同時に検証しています。このほか、Carvalho et al.(2021)は、生産関数を入れ子のCES型で置き換えることによってベースラインモデルの一般化を行っています(Acemoglu et al.(2012)ではコブ・ダグラス型の生産関数を使用しています。また、Baqaee and Farhi(2018)では、さらにこれを一般化しています)。

さて、ここまでみてきたように、一部の産業へのショックがマクロ経済全体に深刻な影響をもたらすということは、理論的にも指摘されている話なのですが、こうした時に政府がどうするのかを考えてみると、例えば自動車の場合には、政府が購入するというようなことになるのかもしれません。ただ、理屈は何となくわかるものの、実際やろうとすると、90年代の日本の金融危機や2000年代の世界金融危機の時の米国でみられたような、金融部門への対応をめぐる話をおもいおこすと、反発は凄そうな気もします…

もう1つ、異なる視点からミクロ的な影響を分析した研究があります。それが、数年前に世界を襲った、新型コロナ感染症の影響で、Woodford(2022)では、面白い理論モデルを構築しています。

この論文では、パンデミックの時にみられた特徴として、その影響が経済の特定の部門に集中していることをあげていて、公衆衛生上の理由から一部の活動は完全に停止せざるを得ない一方で、他の活動はほぼ通常通り継続していたと指摘しています。この非対称性の結果として、経済部門間の支払いの“循環フロー”に大きな混乱が生じ、結果として経済に大きな影響が生じたとしています。

1例として、レストランや劇場が一定期間サービスの提供を停止する場合を考えてみます。これ自体は必要なことなのかもしれませんが、この場合、政府が何もしなければ、こうした産業に従事する人は収入源を失って家賃の支払いができなくなる可能性があります。賃貸収入がなくなると、不動産管理会社はメンテナンススタッフを解雇せざるを得なくなり、また、固定資産税を払えなくなるかもしれません。一時帰休となったメンテナンススタッフも、食料を買ったり家賃を払ったりすることができなくなると考えられます。もっといえば、行政機関(例えば市役所等)にしても、税収が落ち込み、サービスの低下に繋がる可能性があります。

このモデルの特徴は、企業や個人の収入、そして消費を通じた経路として、連鎖的に幅広い産業にショックが波及するということになります。

1つ例をみてみます。Woodford(2022)では、5つの産業がある世界を考え、その上で2種類の経済圏を考えています。1つが、全ての産業が他の各産業、それと自身の産業に均等に消費を行っているというモデルです。この場合、1つの産業の全消費を1とすると、各産業(自身の産業を含めて)への消費はそれぞれ0.2ずつとなります。

2つ目の経済圏が、各産業が、自身の産業と、自身以外の1つの産業にだけ消費を行っているというケースで、論文では、自身の産業に0.2、他の産業に0.8の支出をしているとしています。

図1. 2種類の経済圏

(出所)Woodford(2022)Figure1

この場合に、ミクロの経済ショックはどのように影響するのでしょうか。論文では、S1の産業が生産を行えない(そのため所得が入らない)場合を考えています。その場合に、それぞれの経済圏でどうなるのかを説明したのが以下の図2です。

図2 パンデミックによりS1産業がシャットダウンする時の影響

(出所)Woodford(2022)Figure2

右側、左側ともに、点線が経済ショックのない通常の場合、赤く囲っているのが、経済ショックが生じる下での効率的な消費水準、青く囲っているのが経済ショックがある中での実際の水準(モデル上の均衡値)となっています。

まず、左側の1つ目の方の経済圏についてみてみると、経済ショックが生じた場合、効率的な消費水準としては、各セクターとも、S1への支出がなくなる分の水準、つまり0.8となります。ただ、実際の水準としては、S1については所得がないので、政府が何もしなければ、S1の消費は0となってしまいます。

一方で右側をみると、効率的な消費水準は、S1では自身の産業への消費がなくなるだけの状況の0.8、またS5については、S1に0.8の消費をしていたので、それがなくなる分の0.2となり、それ以外は通常と変わらず1となります。それに対して、実際の消費水準はというと、S1は所得がないので、やはり消費は0となります。S2については、S1から入ってくる0.8の収入がなくなってしまい、自身の産業内からくる0.2の所得だけになってしまうのに対して、S3とS2(自分自身)に0.8と0.2の消費を行うことになるため、結果として収支がマイナスになってしまい、成立しなくなってしまうことから、消費の均衡値はやはり0となります。S3についても、S2の消費が0となってしまうので、同じ理由から0となってしまいます。S4についても同様です。S5については、S4から入ってくる0.8がなくなってしまうのですが、S1に支払う0.8もなくなることから、結果的にS5内の0.2の消費だけが残り、一応成立することになります。

このように、一部の産業に偏って大きなショックが加わるような場合には、支出メカニズムの仕組み次第で、マクロ経済に非常に大きな影響が生じる可能性があり、Woodford(2022)では、このようになってしまった場合は金融政策ではもう十分に対応することができず、政府移転による対応も行っていかなければならないと指摘しています(もちろん金融政策が無駄なわけではありません。金融緩和によって資産価格を下支えすれば、資金制約を緩めることに繋がるため、金融面の安定を図ることができると、論文は指摘しています。ただ、これだけでは不十分なので、財政出動も必要になるとしています)。

ここまで企業面の影響をみてきましたが、実は家計についても、同様にミクロに考えた方がいいという指摘をする研究もあります。ちょっと補足が続いてしまいますが、次回はそうしたものをみていきたいと思います。

参考文献

Acemoglu, Daron, Ufuk Akcigit, and William Kerr(2016),“Networks and the macroeconomy:An empirical exploration.”In National Bureau of Economic Research Macroeconomics Annual, volume 30, 276-335, University of Chicago Press.

Acemoglu, Daron, Vasco M. Carvalho, Asuman Ozdaglar, and Alireza Tahbaz-Salehi(2012),“The network origins of aggregate fluctuations,”Econometrica, 80(5), 1977-2016.

Baqaee,David R. and Emmanuel Farhi(2018),”Macroeconomics with heterogeneous agents and input-output networks,”NBER Working Papers No.24684.

Carvalho,Vasco M.,Makoto Nirei, Yukiko U Saito, Alireza Tahbaz-Salehi(2021),”Supply Chain Disruptions: Evidence from the Great East Japan Earthquake,”Quarterly Journal of Economics,136(2),1255–1321.

Gabaix,X.(2011),”The granular origins of aggregate Fluctuations,”Econometrica, 79,733-772.

Horvath,Michael(1998),”Cyclicality and Sectoral Linkages: Aggregate Fluctuations from Independent Sectoral Shocks,”Review of Economic Dynamics,1(4),1998,781-808.

Kydland, Finn E. and Edward C. Prescott(1982).”Time to Build and Aggregate Fluctuations,”Econometrica,50,1345-1370.

Long,John B., and Charles I. Plosser(1983),”Real business cycles,”Journal of Political Economy,91(1),39-69.

Lucas,Robert E(1977).”Understanding business cycles,”Carnegie-Rochester Conference Series on Public Policy,5,7-29.

Shea, John(2002),”Complementarities and comovements,”Journal of Money, Credit and Banking,34(2),412-433.

Woodford, Michael(2022).”Effective Demand Failures and the Limits of Monetary Stabilization Policy.” American Economic Review, 112 (5),1475–1521.

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