このシリーズの前回の投稿では、次はいよいよ実証分析の推計手法をまとめよう、的なことをいっていたのですが、もうちょっとだけ前回までの補足を続けさせていただこうと思います。
基本的に政府が負債を負う形の財政出動というのは、将来の増税で返済を行うという捉え方をするわけですが、研究の中には、GDP成長とインフレによって、増税を行うことなしに、負債を返済しきれる、そんな政策について考えた研究も存在します。
なんとなく後者は物価水準の財政理論(Fiscal Theory of the Price Level:FTPL)っぽい考え方です。通常、物価の変動は金融政策によって決まると考えますが、FTPLでは、政府の借金や将来の税収・支出の見通しが物価に直接影響すると考えます。また、この世界では、金融政策が物価を安定させることができない(もしくはしない)ことに加え、財政政策は、政府債務が増加しても財政緊縮が行われないようなケースを基本的に想定しています。
例えばKaplan(2025)では、財政出動による景気刺激策を行う際に、財源を確保せずにこれを行うと、インフレをもたらすとしてるほか、仮に財源を確保したとしても、金額が少なく、また増税がすごく先になるほど、インフレ圧力が強まるとしています(さらに論文では、金融政策は積極的に関与しない状況を想定しています)。
こうした場合、インフレを通じた税収増は、政府が税率を変えることなく、自身の負債の返済を加速させることができます。
Angeletos, Lian, and Wolf(2024)では、こうしたインフレと、消費やGDPの拡大によって、税率の変更なしに政府が自身の負債を返済する程度が、どのような時に大きくなるのかについて理論的に分析しています。
論文では、ニューケインジアンモデルの枠組みに従って分析を行っていますが、標準的なニューケインジアンモデルの場合には、家計は合理的に将来の増税を予想してしまうため、あまり効果は期待できず、どちらかといえば、HANK経済の場合に効果が期待できるとしています。
また、マクロレベルの限界消費性向が高い程、増税をせずに返済できる負債が大きくなり、さらに、将来の増税のタイミングを遅らせることも、効果的だとしています。
加えて、フィリップス曲線の傾きが小さい、価格が硬直的な経済では、消費やGDPの成長を通じた効果がより大きくなり、逆に価格が伸縮的な経済では、インフレを通じた効果がより大きくなると指摘しています。
一つ気になることがあるとすれば、日本の場合、マクロべ―スの限界消費性向の推計値は幅があるものの、小さいものでは0.2程度としている研究もあるため、日本でこうした効果がどの程度生まれるのかについてはなんとなく気になります。
論文ではさらに、金融政策の意味合いについても指摘をしていて、いわゆる“タカ派”的な金融政策はこうしたメカニズムを抑制するため、過度に干渉しないことが重要であると指摘しています。
その上で、こうした論文の含意を踏まえて、仮に完全にGDPや消費の成長とインフレの2つで政府の借金を返せてしまう場合というのを考えて、日本について、HANKモデルを用いた簡単な推計を行ってみました(ネットでせっせと集めた情報を用いた範囲の推計ですが)。結果は図1になります。ALW(2024)というのは、Angeletos, Lian, and Wolf(2024)を踏まえた推計ということになります。また、比較対象として、シンプルなHANKモデルのケースも推計しました。
図1. 増税をせずに行う財政運営の効果

(出所)筆者推計
実線の方がALW(2024)を反映したケースで、点線がシンプルなHANKモデルの推計になっています。
まず、黒の方は、金融政策の効果を考えていない、要するに実質金利が一定であり続ける場合の推計となっています。これをみると、ALW(2024)のケースの特徴として、シンプルなHANKモデルよりも長く大きな効果が持続していることがわかります。これは、将来の増税を家計が気にしなくていいような状況にあるため、積極的に消費を行っている様子が反映されていると考えられます。
また、短期的にみても、ALW(2024)のケースの方が効果が大きくなっています。これは論文でも書いてあることですが、将来の増税を気にする必要がないことから、家計が短期的にも消費を積極化させる効果が現れていると考えられます。
一方で、金融政策としてテイラールールを置き、政策スタンスとしても、比較的タカ派的なスタンスで臨むようにして推計を行ったところ、やはりALW(2024)のケースの方が効果が長続きしていて、シンプルなHANKモデルでは、早い段階でマイナスの効果に陥っている一方でALW(2024)の方ではプラスの効果を保っているわけですが、その一方で、短期的な効果をみてみると、シンプルなHANKモデルよりも、ALW(2024)の場合の方が小さくなっています。これは、実質金利を一定としていた方の結果(黒線)をみると、ALW(2024)の場合には大きな反応があるため、テイラールールを入れることで、金融引き締め効果がその分強く出てしまっているものと思われます。テイラールールを入れた方の、ALW(2024)とシンプルなHANKモデルそれぞれのトータルでの効果としては、両者の間で大きな違いは感じられず、わずかに前者がいいかもしれないという感じになります。このあたりは、金融政策に関する先ほどの論文での指摘に繋がる部分なのかなと感じます。
次回はもう少し、他の研究をみていこうと思います。
参考文献
Angeletos, George-Marios, Chen Lian, and Christian K. Wolf(2024).”Can Deficits Finance Themselves?,” Econometrica, 92(5), 1351-1390.
Kaplan, Greg(2025).”Implications of Fiscal-Monetary Interaction from HANK Models,” NBER Working Paper No.34117.
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