米国の家計の“今”を調べる―2つの調査からわかること

経済論文を読む場合、研究としては米国経済を対象としたものが圧倒的に多いです。そのため、米国の家計を知ることは重要です。ここでは、2つの調査を取り上げてみようと思います。

1つ目はバンク・オブ・アメリカが自身が抱える内部データを用いて行った結果を報告した調査レポート、“Paycheck to paycheck: Slowing but growing(2025/11/10)”です。この調査では、全世帯の約25%が、いわゆる“その日暮らし”の家計であるとしています。

因みに、私の他のブログでは、こうした家計の事を“Hand-to-mouth”家計とよく書いていますが、このレポートでは、“Paycheck to Paycheck”家計と言っています。どちらも“貯蓄や余裕がなく、ギリギリの、その日暮らしの生活をする”というニュアンスです。“Paycheck to Paycheck”という表現も、色々な調査レポートやコラムなどを読んでいると結構でてきます。

また、調査では、2025年について、インフレ率が中低所得者の税引き後賃金上昇率を上回り、これが国民の生活を圧迫しているとも指摘しています。この傾向はここ数年の傾向としてみられた特徴ではありますが、米国内では、2024年の時点では、2025年はインフレが鈍化して、こうしたプレッシャーはかなり弱まると考えられていました。しかし、実際にはインフレ率は高止まりし、今年の9月には前年比3%の上昇となっています。一方で、中・低所得層の税引き後賃金上昇率は10月時点でそれぞれ前年比2%、1%にとどまっており、インフレ率の上昇に追いつけていません。

こうしたことから、“Paycheck to Paycheck”家計が徐々にではありますが増加しているということですが、一方で、こうした家計の増加は、主に低所得世帯で生じているとしています。つまり、高所得世帯は低所得世帯とは違って、賃金が上昇する傾向にある、ということになります。

調査ではこの傾向をさらに世代別にみています。調査では米国の総人口をZ世代、ミレニアル世代(1981~1996年生まれの世代)、X世代(1965~70年代に生まれた世代)、ベビーブーマー世代(1946~1964年までに生まれた世代)に分けて分析し、それぞれ高所得層と低所得層の賃金上昇率を比べています。

世代別の比較をみてみると、Z世代については、低所得層・高所得層ともに8%程度の賃金上昇を記録しており、どちらも“物価上昇に負けない、賃金上昇”という状況になっています。

一方でミレニアル世代については、高所得層の賃金上昇は6%近くあるのに対して、低所得層の賃金上昇率は1%程度と、大きな乖離があります。X世代についても、高所得層では賃金上昇率は4%程度とそれなりに上昇しているのに対して、低所得層では賃金上昇がみられないという結果になっています。

つまり、低所得層ほど物価上昇の負の影響を受けているという話は、より細かくみると、20代くらいまではまだ影響は少なく、大体30代以降の人たちの影響が大きくなっているということになります。

また、ベビーブーマー世代については、やはり高所得層の方が賃金上昇率が高くなっていますが、どちらも物価上昇率と比べるとかなり低くなっており、この世代については、世代全体が影響を受けていると考えられます。

もう1つ、ゴールドマン・サックスが行った“Retirement Survey and Insights Report 2025”では、退職後の生活のための貯蓄に関する調査を、米国の幅広い年代に行っているのですが、この中でも、インフレの負の影響というのが垣間見えます。

この中では、自分が退職をするまでの総支出という観点で、住宅費、育児費、教育費、介護費、医療費といったライフイベント上重要とされる特定項目の支出が非常に大きなウエイトを占めると指摘し、さらに2000年以降、こうした項目の費用の上昇が、CPIの上昇と比べてもより大きくなっていると指摘しています。

調査では、こうした特定項目の費用の増加が、退職後に向けた貯蓄に影響を与えていると指摘しており、実際、米国の好調な経済を背景に、若い世代では比較的貯蓄をしているという回答が多くなる一方で、年齢が上がってくると、貯蓄が全く残っておらず、“Paycheck to Paycheck”に陥ってしまっている家計が多くなっています。

また、若い世代でも費用の上昇の影響は出ており、例えば経済的な安定やキャリアアップを優先することによる結婚の先延ばし、住宅購入年齢の先延ばし、女性が子供を持つ年齢の先延ばしなどの傾向が強まっているとしています。

このほか、調査によれば、全く異なるベクトルで“Paycheck to Paycheck”に陥る家計もいるみたいで、例えば所得が20万ドル(だいたい3000万円くらい)から30万ドル(だいたい4500万円くらい)の所得層では、“Paycheck to Paycheck”の家計の割合は16%程度となっていますが、30万ドルを超える所得層では、40%に急上昇するとしています。調査の中ではこの要因として、“ライフスタイルクリープ(Lifestyle Creep)”が考えられるとしています。これは、“万年金欠病”ともいわれるもので、収入が増えるにつれて、それに比例して生活水準や支出も徐々に上げてしまい、気づけば“新しいあたり前”として高くなった生活レベルに戻れなくなる現象です。この場合、昇給分を貯蓄に回さず、車を買い替えたり、外食が増えたり、より高価なものを選ぶことで、結果的に貯蓄が増えず、家計が苦しくなってしまいます。

以上、2つのレポートをみてきましたが、こうしてみると、日本の状況にも通じるものがあるなと感じました。

参考文献

Bank of America(2025).”Paycheck to paycheck: Slowing but growing,” 10 November 2025.

Goldman Sachs(2025).”New Economics of Retirement: New Solutions Provide a Ray of Hope,” Retirement Surveys & Insights Report 2025, October 2025.

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