久々にこちらのシリーズも、もう少し書いてみたいと思います。前回まで、基本的に労働時間の事を考えてきました。そうした中で、今回はちょっと賃金のことも考えてみたいなと思います。
まず、下の図1をみてください。これは、2023年の47都道府県の平均賃金(月額)と月間平均労働時間の関係をプロットしたものです。
図1. 47都道府県の月間平均労働時間と平均賃金(2023年)

(出所)厚生労働省「令和5年賃金構造基本調査」、「毎月勤労統計調査(地方調査)」
これをみると、月間平均労働時間が多い都道府県ほど、平均賃金が低くなる傾向が伺えます。
もちろん、各都道府県の労働時間と賃金の関係というのは、本当に様々な要因が関わっていて、このグラフが必ずしも何か意味を持つとは限りません。ただ、同じような関係は、実は国別にプロットしてもみられていて、賃金ではないのですが、労働生産性と労働時間の、OECD加盟38か国の2023年のデータをプロットしてみると、図2のようになります。
図2. OECD加盟38か国の労働時間と時間あたり労働生産性(2023年)

(出所)OECD.Stat
これをみると、労働時間が多い国ほど、労働生産性が低くなる傾向がみられています。
まあ、でも、このグラフだけで何を考えるんだというようなことを思っていたところ、最近面白い本に出合いました。それが、小室淑恵氏の「働き方改革:生産性とモチベーションが上がる事例20社」という本で、実は最初はYouTubeのインタビュー動画(TBS Cross Dig、”【”働きたい改革”が日本を衰退させる】残業代込みの生活は当たり前じゃない/体力から”思考のハードワーク”へ/現在と未来の労働力を同時に確保する/「人口オーナス期」に勝つ企業の新常識【1on1】(2025/12/16)(https://newsdig.tbs.co.jp/articles/withbloomberg/2348681?display=1)“)をみて知ったのですが、実際買って読んでみて、非常に面白かったです。
この本やインタビューでおっしゃっていたことで印象的だったのは、とにかく長時間働きまくることを前提とした経営は、人口ボーナス時代の勝ち抜き方であって、今の日本のような人口オーナス時代には、会社的にも社会的にも、より単位時間の生産性にこだわった生き方を模索した方がよい、というものでした。
そのためには、経営者としてはまず、“定時まででしっかり仕事を仕上げる”という意識を持ち、そのために会社全体で生産性を高める取組み(AIの活用とか)を促して、経営者の立場ではさらに、残業が減って浮いたお金で、必要ならば人を雇う、また、定時まででも十分な給料を払えるように努力する、ということが必要となります。
これが会社としてプラスに働くほか、社会的にも、夫婦共働きがあたり前の現代において、夫婦間の仕事と家庭の両立(最適化)が可能となるような社会になっていく、というプラスが生まれることになります。
さらにすごいのが、そういったことを実際に多くの企業に対してコンサルし、実際にコンサル先の会社に変化をもたらしているという実例が書かれていて、個人的には新鮮でした。
これと近い指摘は、労働基準法の裁量労働制度について分析した研究でも指摘されています。裁量労働制というのは、1987年に労働基準法で導入された、いわゆる“みなし労働時間(働いた時間に関わらず、一定時間働いたものとしてみなされる、残業に対して割増賃金を払うとする労働基準法の原則の例外)”が適用される例外的な働き方のことで、専門業務や企画業務などに従事する人に適用されているものですが、Izumi et al.(2025)では、厚生労働省が2019年に行った大規模調査のデータを用いることで、この制度の影響を分析しています。
分析では、例えば専門業務に従事している人の中でも、みなし時間で働いている人もいればそうでない人もいるので、両者の比較を行っているほか、みなし時間で働いている人の中で、裁量的に“いつ・どこで働くかを本人が決められる”働き方の人と、そういった裁量がない人がいるので、その両者の比較も行っています。
論文の分析結果としては、みなし時間で働いている人でも、裁量的に自分の働き方を決められるようにして働いている人の場合、みなし労働時間で働いていない人と比べても、実際の労働時間に有意な差がなく、健康面でも差がないことが示されました。また、賃金については、裁量的に自分の働き方を決められないような人と比べると若干低いですが、みなし時間で働いていない人と比べると高く、仕事への満足度という点では3者で最も高くなるという結果が得られました。
一方で、みなし労働時間で働いてはいるものの、裁量的に働き方を決められない人の場合には、給料的には最も高くなるものの、労働時間は長くなりがちになり、健康の悪化や仕事への満足度の低下がみられました。
この結果は、先ほどの生産性を高める働き方の話に通じるものがあると思います。みなし時間で働き、かつ裁量的な働き方をしている人の場合、恐らくですが、生産性をあげ、自身の家庭面とのやりくりについても自立して考えるようになった結果、健康で、仕事への満足度の高い働き方ができており、給与面でも向上している、ということなのだと思います。
もう1つ、賃金を考える時に、個人的に気になる数字があります。それが、労働生産性と賃金の動きです。図3、4には、それぞれ米国と日本の実質労働生産性と実質賃金の、2000年を100とした時の、2000年から2024年の動きをグラフにしています。
図3. 米国の実質労働生産性と実質賃金の動き(2000年~2024年、2000年=100)

(出所)U.S.Bureau of Labor Statistics:「Real Earnings Summary」、「Productivity and Costs」
図4. 日本の実質労働生産性と実質賃金の動き(2000年~2024年、2000年=100)

(出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査」、日本生産性本部「日本の労働生産性の動向」
これをみると、米国と比べて日本では、労働生産性の伸びに比べて、賃金が伸びていない様子が伺えます。
これはなぜなのかを少し考えてみたいのですが、そのために、実質賃金を次のように分解して考えてみたいと思います。
実質賃金(時間あたり)=名目雇用者報酬/(消費者物価×雇用者数×労働時間)=(名目雇用者報酬/名目GDP)×(実質GDP/(雇用者数×労働時間))×(GNPデフレータ/消費者物価)=労働分配率×労働生産性×交易条件
この最後の式を使って考えてみたいと思います。具体的には、最後の式を使って実質賃金の理論値を求めて、それと実質労働生産性や実際の実質賃金の動きを比較してみたいと思います。
日本については、図5のようになります。
図5. 日本の結果

(出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査」、日本生産性本部「日本の労働生産性の動向」、財務省「法人企業統計調査」、日本銀行「企業物価指数」
これをみると、実質賃金の理論値の動きは、実質労働生産性の動きとは違ってむしろ低下傾向にあります。なぜ理論値の動きがこんなに悪くなってしまったのかというと、原因は主に交易条件にあります。
交易条件というのは輸出価格と輸入価格の関係ですが、2000年以降の日本は、常に不安定な状況にありました。まず、2000年代については、中国など新興国の急速な経済発展に伴う、原油や鉄鉱石といった一次産品価格の高騰が輸入価格を押し上げたほか、一方で日本の主要な輸出品であるデジタル家電などの価格が国際的な競争激化により下落し、輸出価格が伸び悩んで、交易条件は悪化しました。
2010年代に入ってからも、東日本大震災後のエネルギー問題として、原子力発電の停止に伴い、火力発電用のLNG(液化天然ガス)や石油の輸入が急増して、輸入額を押し上げたのに加えて、アベノミクス開始後は、大幅な円安の進行によって、円建ての輸入価格が上昇する一方で、輸出価格への転嫁が十分に進まず、これも交易条件を悪化させる要因となりました。
2020年代については、世界的なインフレやエネルギー価格の高騰が交易条件の悪化の要因となっています。ここで、世界的なインフレについては、日本企業にとっても輸出価格引き上げのチャンスなのですが、構造的な課題(①ブランド力・差別化がドイツなどと比べて弱い、②円安を前提としたシェア優先の戦略など)として、日本企業は輸出品の価格を引き上げにくい状況にあるため、交易条件で不利な状況となっています。
ですので、交易条件の悪化というのが、実質労働生産性の伸びほど、実質賃金が伸びてこない要因といえると思います。ただ、グラフをみてわかるように、この理論値の動きというのは、実際の実質賃金の動きと比べても、悪いということがわかります。
この辺からは妄想が強めになるのですが、なんとなくこの辺の数字をみて思うのは、2000年以降の日本企業は、様々な理由で交易条件に苦しめられながらも、賃金水準については極力そのことを反映しないよう、頑張っていたということなのかもしれません。
日本についてはこんな感じですが、折角なので米国についてもみてみようと思います。米国については、図6のようになります。
図6. 米国の結果

(出所)U.S.Bureau of Labor Statistics:「Real Earnings Summary」、「Productivity and Costs」、World Bank「Net Barter Terms of Trade Index」、FRED
これをみると、米国については2000年代くらいまでは実際の実質賃金と理論値の動きが整合的だったものの、2010年代の中ごろくらいから実際の実質賃金が理論値を下回っています。これをどう考えるかですが、ひとつには、米国企業については、交易条件が2010年代に入ってから改善しているということがいえると思います。
その要因としては、米国では、2000年代までは原油の輸入依存度が高かったのですが、2010年代に入ってからシェール革命が起こり、世界屈指の産油国になってしまったため、交易条件が改善していったという歴史があります。ですので、実質賃金の理論値の方は、実質労働生産性に近づく方向に動いているのですが、それに実績の実質賃金の動きがついてこないというのは、もしかすると交易条件の改善という事実が、実質賃金にうまく反映されていないのかもしれません。
参考文献
小室淑恵(2018)、「働き方改革:生産性とモチベーションが上がる事例20社」、毎日新聞出版
Imai, Yutaro, Daiji Kawaguchi, Sachiko Kuroda, and Taiga Tsubota(2025).” Exemption and Work Environment,” Industrial Relations: A Journal of Economy and Society,64(4), 478-519.
TBS Cross Dig(2025)、「【“働きたい改革”が日本を衰退させる】残業代込みの生活は当たり前じゃない/体力から“思考のハードワーク”へ/現在と未来の労働力を同時に確保する/「人口オーナス期」に勝つ企業の新常識【1on1】(2025/12/16)(https://newsdig.tbs.co.jp/articles/withbloomberg/2348681?display=1)」
コメントを残す