ここまで、色々な研究をみてきましたが、このシリーズの最後に、私が気になるテーマについていくつかみてみたいと思います。
最初にみたいのは、AIの導入が労働時間に与える影響です。AIの導入といえば、将来的な雇用に対する懸念に関する研究が有名です。例えば、この分野の代表的な研究に、Frey and Osborne(2013, 2017)という論文があります。ここでは、 AI 技術などが普及することによって、米国の702種の職業のうち、47%がAIなどに代替される可能性があると指摘しています。日本でも、野村総合研究所(2015)が、日本国内601種の職業について、AIなどの新技術に代替される確率を試算し、労働人口の約49%が代替されると報告しています。一方で、鶴(2021)では論文のサーベイを行うなかで、今のところ雇用や賃金への悪影響は少なくとも確認されていないと指摘しており、Lane and Saint-Martin(2021)でも、雇用創出の可能性があると指摘しています。
このように、雇用については、賛否両論という感じですが、労働時間についてはどうなのでしょうか。労働政策研修・研究機構(2024)では、AIの導入が労働時間に及ぼす影響について、労働時間の短縮につながった例として、メーカーの工場の製造ラインで保全業務を行っている人や、保険会社で金融詐欺を予防・防止するためのチェックを行っている人の勤務時間が短縮したことをあげています。
米国について調査を行ったBick,Blandin, and Deming(2025)でも、生成AIを利用することで、平均的に労働時間が5.4%(週40時間働く人の場合、2.2時間)節約できていると指摘しています。また、職業別にみた場合、コンピュータや数学を扱う仕事、経営陣、金融業務で労働時間対比の時間節約の度合いが大きかったのに加えて、教育、芸術・エンターテイメント、医療従事者でも、時間節約の度合いが大きいという結果が得られています。これは期待の持てる話です。
ただ一方で、労働時間の増加に繋がっていると指摘するものもあります。Niederhoffer et al.(2025)では、スタンフォード大学ソーシャルメディアラボと、オンラインコーチングプラットフォームのBetterUp Labsが共同で行った大規模調査を基に分析を行い、AIを業務で活用したことにより、むしろ労働時間が長くなっているケースが存在する可能性を指摘しています。
具体的には、以下の様なことがおこっているといいます。
・一見すると丁寧だが、結局何が言いたいのかが分からず読み解くために余計に時間がかかるメールの作成。
・形式は完璧だが、具体的なデータや深い洞察が欠けている、内容の薄い報告書があがってくる。
・専門用語が散りばめられているが、文脈がずれていたり根本的な理解が欠けていたりするような、表面的な企画書があがってくる。
・動作はするものの、非効率で保守性が低く後から大幅な手直しが必要となるような実用性に乏しいコードが作成される。
要するに、“良い仕事を装っているが、特定のタスクを進展させるような実質的な内容を欠いている、AIが生成した資料”といったところなのですが、これを論文では、“ワークスロップ(WorkSlop)”と名づけています。この名前の由来としては、SNSの世界で近年同じようなことが問題となって生まれた、“AIスロップ”という用語からきています。
(注)ワークスロップはそれほど有名な言葉ではないと思いますが、より有名な言葉に、“ハルシネーション”というものがあります。両者はともにAI関連の言葉ですが、性質は異なっています。“ハルシネーション”は、AIによる“事実誤認・嘘”といったもので、ニュアンスとしてはエラーやバグに近いものといえます。一方でワークスロップの方は、AIによる“低品質で価値のないコンテンツ”という感じで、ニュアンスとしては手抜きや不快感に近いものになります。
調査によれば、回答者の約40%が過去1か月間に同僚からワークスロップを受け取っているとしています。
AIがない時代であれば、内容のある・なしに関わらず、資料を作る作業というのは非常に手間のかかることだったため、こうしたケースというのは少なかったといえます。ただ、AIによって作業の障壁が大幅に下がったことにより、近年急激にこうした資料が増えているとしています。
論文では、こうしたワークスロップを受け取った職員が、内容の解読・修正等に約2時間程度さらに追加で業務を行う必要が生じており、これが労働時間の上昇に繋がっている可能性があると指摘しています。
また、論文では、こうしたワークスロップが生まれることによって、職場の人間関係にも悪影響が生じる可能性があると指摘しています。具体的には、ワークスロップを受け取ったことがある人に調査したところ、こうした人達の約40%程度が、資料を送ってきた相手に対する信頼感が低下したと回答したとする結果や、約1/3が将来的に同じ人と仕事をしたくないと回答したとする結果が得られています。
こうしてみてみると、どちらの効果も、今後それなりに増えてきそうな気がしますが、果たしてAIの導入で労働時間は節約されるのでしょうか?
もう1つ気になっているのが、家庭内における家事・育児分担の平等化です。現在は夫婦共働きがあたり前になってきており、国家全体での労働力・労働時間という観点でも、こうした分担の平等化は重要なテーマだと思います。
いわゆる、“仕事と育児の両立支援策“というのは、現在非常に話題となっていますが、古くから国の方でもずっと対策を行ってきた分野といえます。その背景として、平成の初期に夫婦共働き世帯の数が専業主婦世帯の数を上回ったことがありますが、具体的な取組としては、2003年の”次世代育成支援対策推進法“により、両立支援の優良企業の認定基準として男性の育児休業取得実績を企業に求めるようになり、2009年の改正育児・介護休業法では、妻が専業主婦であっても男性が育児休業をとれるようになりました。他にも2010年には”イクメンプロジェクト“が始まったほか、近年では2021年の改正育児・介護休業法で、男性が育児休暇を分割してとれるようになっています。
また、労働時間についても、残業削減や長時間労働の是正が課題となってきました。
そうした中、以下の図1をみてください。これは総務省の社会生活基本調査という調査の平成8年と平成28年の数字を比較したものですが、これをみると、男性の育児時間が増加していることがわかります。
図1. 夫婦と子供の世帯の夫・妻の家事関連時間(社会生活基本調査)

(出所)永井(2020)のp39
ただ、この表からはもう1つ重要な事実がわかります。それが、女性の育児時間もこの期間で増えているということです。この結果について、永井(2020)では、更なる労働時間の短縮が必要という指摘をしています。
一方で、池田(2025)では異なる指摘をしていて、実は、夫婦の育児時間が増加しているといっても、その内容が夫婦間で異なっている可能性があるとしています。論文では、労働政策研究・研修機構が平成27年に行った調査の結果から、父親の場合は、一週間の残業日数が減ったとしても、育児時間の使い方として、子供と遊ぶ時間が長くなる傾向にあり、細々とした世話をする時間が増えるわけではないと指摘しています。
ただ、論文では、こうした傾向について、母親が正規雇用で働くようになることで、この傾向が解消される可能性があるとしています。つまり、家庭内の役割分担に変革をもたらす大きなインセンティブとして“所得”があり、夫婦ともに正規職で働くという形が定着することで、世帯所得の上昇だけでなく、新しい、夫婦共働き時代の育児の形が作られていく(かもしれない)というわけです。
女性が正規職員として存分に働けるような社会はマクロの労働時間の確保という観点でもこれから必要でしょうし、ただそのためには制度面の支援も必要だと思うので、国が中心となってこれから推し進めていってほしいなと思います。
参考文献
池田心豪(2025)、「父親の残業削減は育児分担のジェンダー平等につながるか?―稼得役割と育児内容に着目して―」、JILPT Discussion Paper 25-06.
鶴光太郎 (2021)、『AIの経済学 「予測機能」をどう使いこなすか』、日本評論社.
永井暁子(2020)、「家事と仕事をめぐる夫婦の関係」『日本労働研究雑誌』No.719,38-45.
野村総合研究所 (2015)「日本の労働人口の 49%が人工知能やロボット等で代替可能に」『News Release』.
労働政策研究・研修機構(2024)、「職場におけるAI技術の活用と従業員への影響—OECDとの国際比較研究に基づく日本の位置づけ—」、労働政策研究報告書No.228.
Bick, Alexander, Adam Blandin, and David Deming(2025).” The Impact of Generative AI on Work Productivity,” St. Louis Fed On the Economy, Feb. 27, 2025.
Frey, C. and M. Osborne (2013), “The Future of Employment: How susceptible are jobs to computerization”, OMS Working Paper, University of Oxford.
Frey, C. and M. Osborne (2017), “The Future of Employment: How susceptible are jobs to computerization?”, Technological Forecasting and Social Change, vol.114, pp.254-280,
Lane, M. and A. Saint-Martin (2021), “The impact of Artificial Intelligence on the labour market: What do we know so far?”, OECD Social, Employment and Migration Working Papers, OECD Publishing, Paris, Vol. 256.
Niederhoffer, Kate, Gabriella Rosen Kellerman, Angela Lee, Alex Liebscher, Kristina Rapuano, and Jeffrey T. Hancock(2025).”AI-Generated “Workslop” Is Destroying Productivity,” Harvard Business Review, September 22.
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