今回は政府の財政破綻(国債などのデフォルト)についてみていこうと思います。一般に各国政府や政府機関が発行する債券として、国債や政府機関債(独立行政法人や政策金融公庫などの政府関連機関が発行する債券)、国際機関債(世界銀行や欧州投資銀行、米州開発銀行など、国の枠組みに関わらず特定の地域の経済発展を目的として設立された国際機関が発行する債券)があり、これらは“ソブリン債”と呼ばれています。
こうした債券がデフォルトすることはそう頻繁にあるわけではないのですが、それでも新興国を中心にたびたび発生しています。Mitchener and Trebeach(2023)によれば、新興国における過去200年間のソブリンデフォルトのピークは、1830年代、1880年代、1930~40年代、1980年代の4つになり、この期間中には、新興国の半数以上がデフォルトに陥ったといいます。特徴としては、全ての期間でラテンアメリカ諸国が含まれていることや、1930~40年代は世界恐慌の時期であったことから、デフォルトも世界的なものであったこと、1980年代のデフォルトについては、多くのアフリカ諸国と一部のアジア途上国が含まれていたことがあげられます。
論文では先進国についても整理していて、こちらについては件数は比較的少ないとしていますが、19世紀初頭のナポレオン戦争中とその戦後、1830年代から1870年代の期間と、1930~40年代には、先進国経済の少なくとも10%がデフォルトに陥ったと指摘しています。
また、近年では2012年にギリシャが先進国として、久々に大幅な債務再編を実施しました(Zettlemeyer,Trebesch,and Gulati(2013))。
ここではまず、ここ最近のソブリンデフォルトの例をみていこうと思います(因みに、ここで紹介する以外にも、ソブリンデフォルトは近年も起きていますが、こうした事例については、”トレンドを更に深掘り”というNoteの”過去に「国家破綻(ソブリン・デフォルト)」した国:金利が高かった順ベスト10(世界)(2026年1月20日)(https://note.com/tomo4006685/n/n04a2e76e4835)”という投稿の整理がわかりやすいです)。
政府債務のデフォルトについては、完全なデフォルトと、その他に部分的なデフォルトというものがあります。部分的なデフォルトというのは、政府が発行した借金の一部について、元本や利息の支払いを停止したり減額したりする状況となり、限定的な範囲や特定の債務に関してのみ支払いが行われないことを指します。一方で政府債務の完全なデフォルトは、政府が自国や海外の債権者に対して発行した全ての債務を返済できなくなる、または返済を拒否する状況になります。
まず、部分的なデフォルトが発生した例をみていこうと思います。1つ目が、2012年のギリシャ国債のデフォルトです。このデフォルトは、欧州債務危機の象徴的な出来事として広く知られています。そもそもこの問題が一気に浮き彫りになったのは、2009年10月、当時の新政権が初めて、国家財政の実態が公式に発表されているデータよりもはるかに厳しい状況であると公表したときでした。ギリシャの財政赤字は、当初発表されていたGDPの6%以下という数字ではなく、実際には13%以上であることが明らかにされました。この事実は、歳入の過少計上や支出の過大記録といった一連の財政操作が行われたことを浮き彫りにし、ギリシャ政府の信用を著しく損ねました。
この発表を受けて、信用格付け機関は次々とギリシャ国債の格下げを行い、投資家は、それまでリスクを顧みず高金利で融資していたギリシャ債に疑念を抱くようになりました。ほどなくして、ギリシャは“トロイカ”と呼ばれる3つの国際機関(欧州連合、欧州中央銀行、国際通貨基金)からの救済を受けることを余儀なくされました。
2010年に、ギリシャは最初の国際支援パッケージを受け入れましたが、それでも予算削減や改革をめぐる進展は遅々として進まず、この初期の支援だけでは危機を十分に緩和することができませんでした。財政再建を目指した緊縮政策が実行される一方で、それが国民生活を圧迫し、失業率の急上昇や社会的な不安を引き起こしました。ギリシャ国民の多くが緊縮財政に対する強い不満を抱き、大規模なデモやストライキが頻繁に発生しました。
そんな中、2012年はこの危機が頂点に達した年として記憶されています。ギリシャ政府は、IMF(国際通貨基金)とEU(欧州連合)からの更なる資金援助を受けるために、国内外の商業銀行や機関投資家による債務の再編を行うことを決定しました。この再編は“民間セクター巻き込み措置(Private Sector Involvement:PSI)”と呼ばれていて、ギリシャ政府の債務を大幅に削減するために、民間投資家に対して、保有する国債を減額して合意するように求めるものでした。
このプロセスでは、民間投資家が保有するギリシャ国債の約97%を対象に、債務の一部を放棄して新たな国債に交換する措置がとられました。この措置によって、債務の名目価値は約1000億ユーロ(約13兆円)削減され、これは国際金融市場において過去最大規模の債務再編となりました。しかし、全ての投資家がこれに同意したわけではなく、全額返済を要求し続ける債権者もいました。こうした債権者は、一般に“ホールドアウト債権者”と呼ばれています。
ギリシャ政府は、こうした債権者に対して、法律を改正し、もともと契約に含まれていない“債権者の過半数が同意すれば、反対する少数派も強制的に従わせる”という、集団行動条項(Collective Action Clause:CAC)と呼ばれるものを、自国法に基づく国債に遡って導入しました。これによって、自国法ベースの国債(約1,770億ユーロ)については、反対していた債権者も強制的に元本削減(“ヘアカット”といいます)を受け入れさせられました。
一方で、外国法(英国法など)に基づく国債を保有していた債権者の中には、集団行動条項の強制適用を逃れたホールドアウト債権者が約60億ユーロ分(対象債務の約3%)存在しました。後でやりますが、アルゼンチン政府はこれより以前に、こうした債権者と海外で訴訟になり、長期にわたる訴訟や海外資産の差し押さえといったごたごたが生じたのですが、ギリシャ政府ではこうしたことを避けるため、これら少数のホールドアウト債権者に対して、最終的に額面通りの返済を行いました。
こうした取組もあって、2025年12月には、ギリシャ政府は第一次支援パッケージによる融資53億ユーロを予定より早く完済し、また、政府債務の対GDP比についても、2020年の約209%をピークに減少しており、2026年には約137.6%まで低下すると予測されています。
2つ目は2020年のレバノンです。2010年代、レバノン政府は自国通貨(レバノン・ポンド)を米ドルにペッグし、同時に預金金利を市場より高く設定してドル資金を集めていました。しかし、2019年末から同国内が政情不安に陥り、それによってドル預金が大量に引き出されました。因みに、この時の政情不安の原因というのは、政府がスマートフォンアプリに数円の課税を行おうとしたところ、それに対する反発が強まって、反政府デモに繋がったとされています。この背景には貧富の差の拡大があり、レバノンは中東の国ですが非産油国で、主要な産業は、GDP構成比の大きい順にみて、不動産業、卸・小売業、公務となっています。また、輸出産業がほとんどないため、一方で輸入はありますから、差し引きのマイナス分を民間・政府支出で支えているという構造になっています。さらには、隣国のシリアが内戦状態にあるのですが、レバノンとシリアの両国はもともと関係が深いこともあって、レバノン経済にもマイナスの影響が及んでいます。こうしたことから、総じて経済基盤は弱く、移住者を含めて豊かな人もいるのですが、貧しい人も多くいる、という状態となっています。
そのような事情でドル資金が流出してしまい、政府も代替的な資金調達方法を有していなかったことから、国債のデフォルトに繋がりました。
3つ目は2022年のロシアの例ですが、これは少し特殊です。ロシアでは、2022年6月26日に約1億ドル相当の外貨建て国債の支払期限を迎えたのですが、ロシア政府は米国の制裁措置の影響から、これを返済することができませんでした。ロシアがデフォルトに陥った最大の要因は、資金不足ではなく、制裁によって国際的な金融システムから遮断されたことで支払いが技術的に不可能となったためです。これにより、ロシアは債務不履行の状態に陥りました。
次に、完全にデフォルトとなった、比較的最近の例をみていこうと思います。1つ目が、1998年のロシアの例です。1990年代のロシア経済は、ソビエト連邦の崩壊を受けて社会主義の計画経済から市場経済への劇的な移行という、歴史的に非常に大きな変革のさなかにありました。この移行は、深刻な経済的混乱と不安定をもたらし、多くの人々に困難な日々を強いるものでした。
ソビエト連邦が1991年に解体されると、ロシアは高度に中央集権化された計画経済から脱し、市場経済や資本主義の仕組みを採り入れようとする改革を進めました。これには、価格統制の撤廃や民営化、大規模な経済構造改革が含まれていました。しかし、急激な変化の結果、インフレは驚異的な水準に達し、莫大な物価上昇が起こりました。実際、1992年にはインフレ率が2500%を超える記録的な水準になり、国民の生活は困窮を極めることになります。
民営化プログラムも混乱を招きました。国有企業が売却された結果、富は少数の“オリガルヒ(新興財閥)”の手に集中し、これが社会的不満を増大させる原因となりました。多くの企業や労働者は新しい経済システムに適応できず、失業に苦しみました。一方で、オリガルヒと呼ばれる人々は経済の要所を掌握し、その一部は政治力も持つようになりました。また、石油や天然ガスといったエネルギー資源への依存も徐々に強まりましたが、1990年代後半の原油価格の低迷により、国家財政は深刻な状態に陥りました。加えて、税制の未整備や汚職も問題で、国家は国民や企業から十分な税金を集められず、財政赤字を埋めるために国債の発行に依存することになりました。
さらにアジア通貨危機(1997年)による国際的な市場不安がロシアに波及し、国内経済の信用力が低下して、資本流出が加速しました。そして、1998年にロシア経済危機が発生し、ルーブルの大幅な価値下落、インフレの再燃、国家の債務不履行、そして銀行セクターの崩壊が立て続けに発生しました。この事態は国際的な信用も損ない、外国人投資家を遠ざける結果にもなりました。
因みに、こうした状況が改善し始めたのは1990年代の終わりごろで、この頃になると、原油価格が上昇してロシア経済にプラスの影響が生まれ、またプーチン政権になったことで、政治的な安定がもたらされました。これにより、2000年代初頭にはロシア経済は徐々に回復傾向を示し、安定的な成長を取り戻す端緒が開かれることとなりました。
もう1つが、1999年に発生したジンバブエのデフォルトです。この時期のジンバブエ経済は、急激な悪化と深刻な混乱を経験した時代として知られていて、かつて農業や鉱業を中心に成長し、アフリカ南部で比較的安定した経済を維持していましたが、政治的混乱などにより、極度の経済危機に陥りました。
1990年代初頭、ジンバブエは農業を基礎とし、特にタバコやトウモロコシの輸出によって外貨を稼ぐ経済構造を持っていました。しかし、当時のムガベ政権は、IMF(国際通貨基金)と世界銀行の勧告を受けて“経済構造調整プログラム(ESAP)”を導入しました。この政策は、赤字を削減し、ジンバブエ経済を国際市場に適応させるために構築されたもので、公共部門の縮小や関税の引き下げ、輸出拡大が盛り込まれました。しかし、これらの改革の多くは失敗に終わり、特に公共部門が大幅に削減されたことが、多くの人が職を失うことに繋がりました。さらに、アフリカにおけるHIV/AIDSの感染拡大も労働力を大きく削減しました。こうしたことから、政府の税収は著しく減少し、そのため国家の借金返済能力はさらに悪化しました。
結局、ジンバブエは外貨準備が枯渇したことで、国際的な債務の返済が困難となり、1999年にIMFや世界銀行、アフリカ開発銀行(AfDB)などへの国際債務の返済を停止しました。これによりジンバブエは実質的に国家破綻を迎えたとみなされ、それ以降、国際市場での新たな資金調達が苦しくなりました。
他には、2001年にアルゼンチンで発生したデフォルトもあります。1990年代の後半になると、アジア通貨危機や先ほど述べたロシアのデフォルトが、世界的な資本流出の流れを加速させ、アルゼンチンもこの影響を受けました。また、ブラジルの通貨レアルが1999年に大幅に切り下げられたことで、アルゼンチン製品が国外市場で競争力を失い、輸出が減少しました。
こうしたことは大幅な税収の落ち込みを招き、その穴埋めのため、外部からの借入に依存するようになっていったのですが、最終的には、債務を返済する原資が尽きたことから、約950億ドルに及ぶ巨大な債務のデフォルトを宣言しました。
アルゼンチン政府はその後、2005年と2010年に債務再編計画を提案し、多くの債権者がこれに同意しましたが、一部のファンドや個人投資家はこれを拒否し、裁判を起こしました。この債権者は先ほどのギリシャの時に出てきた“ホールドアウト債権者”で、ニューヨークの裁判所は2011年に、こうした債権者への支払いが行われない限り、再編債務を受け入れた債権者にも支払いを行わないようアルゼンチン政府に命令しました。一見、こんな海外での判決が実効性を持つのかと疑ってしまいますが、裁判所は、アルゼンチンによる命令回避を支援した民間企業に制裁を科すとすることでこの命令の実効性を持たせようとしたそうです(Gelpern(2013))。
ニューヨークの裁判所の判決の中心には、“平等な扱いを受ける権利”(いわゆるパリパス条項)がありました。この条項は、アルゼンチンが全ての債権者を公平に扱わなければならないとするもので、裁判所は、アルゼンチンが再編に応じた債権者には支払いを行う一方で、ホールドアウト債権者を事実上無視していたことが、この義務に反すると判断しました。
この判決は、債務再編交渉において画期的なものでした。その理由は、債務再編の成功率を一貫して低下させる要因として、確かにホールドアウト債権者の問題は長い間存在していたのですが、とはいえこのように厳格な措置がとられることは異例だったからです。因みに、その後アルゼンチン政府はこの判決を受け入れることを拒否し、ホールドアウト債権者に支払いを行わなかったため、結果的に2014年に再びデフォルトに陥っています。
こうした経験が、ギリシャのデフォルトの際にみられたような“集団行動条項”の設定や、外国法に基づく債権を保有する投資家への迅速な支払いという考え方に繋がったといえると思います。
ここまで、具体的な事例をいくつかみてきましたが、長くなったので、続きは次回にしようと思います。
参考文献
トレンドを更に深掘り(2026)、「過去に「国家破綻(ソブリン・デフォルト)」した国:金利が高かった順ベスト10(世界)」(Note、2026年1月20日)(https://note.com/tomo4006685/n/n04a2e76e4835)
Gelpern, Anna(2013). “Contract Hope and Sovereign Redemption,” Capital Markets Law Journal,8(2),132–148.
Mitchener, Kris James, and Christoph Trebesch(2023). “Sovereign Debt in the Twenty-first Century,” Journal of Economic Literature,61(2),565–623.
Zettelmeyer, Jeromin, Christoph Trebesch, and Mitu Gulati(2013). “The Greek Debt Restructuring: an Autopsy,” Economic Policy,28(75-1),513–563.
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