“財政政策”について調べてみる⑫

最後に、拡張財政と緊縮財政の間で巻き起こってきた議論を少しみてみようと思います。拡張財政を積極的に主張する著名な研究者としては、ポール・クルーグマンがいます。例えば、彼がギリシャの財政再建についてコメントした“Austerity Arithmetic(緊縮財政の算術)”という、2015年のコラムをみてみると、当時のギリシャの場合、プライマリーバランスを1%改善させるためには、政府の歳出減が必ず必要になるため、結果として、GDPが3%減少する必要があるとしています。

この場合、政府債務残高の対GDP比は、GDPが低下することになるため、上昇することになります(報告によれば5%程度)。また、フィリップス曲線に基づいて考えれば、今の場合はGDPギャップが低下するため、インフレ率も低くなります。これも、政府債務対GDP比にはマイナスに働きます。

この結果から、クルーグマン氏は、IMFなどではすぐに緊縮財政を求めてくるが、ギリシャのような債務状態にある国をこの方法で救うことができるのか、疑問であると指摘しています。

他に、ジョセフ・スティングリッツもまた、拡張財政を支持する有名な経済学者で、IMFが進めた緊縮財政を批判しています。

例えば、1997年のアジア通貨危機の際、IMFはタイ、韓国、インドネシアといった国に多額の緊急融資を行いましたが、その一方で、緊縮財政の実行を各国に求めました。スティングリッツ氏は、このIMFの対応が急激な不況を引き起こし、経済回復を遅らせたと批判して、むしろ財政支出を拡大して、経済を再建するための基盤を整えるべきだったと指摘しています。

2010年代のユーロ危機についても、IMFはECBやEUと協力して、各国に厳格な財政緊縮政策を提案・実施させましたが、これに対しても、強く反対しています。

また、スティングリッツ氏は、こうした不況の時には、社会的に立場の弱い人ほど影響が大きく、緊縮財政はそうした人へのマイナスの影響をより強めてしまうが、一方で拡張財政を行えば、こうした層に焦点をあてた対策がうてるとして、具体的には以下の様な提案を行っています。

・インフラ投資:公共インフラの整備を通じて、雇用を創出しつつ経済の長期的成長基盤を築く

・教育・技術投資:人材の育成に資金を投入して、次世代の経済成長を支える

・国際協力の推進:特に発展途上国において持続可能な借金返済スキームを実施し、負債による圧迫を軽減する

一方で、緊縮財政を強く主張している研究者としては、ケネス・ロゴフ(Kenneth Rogoff)とカーマン・ラインハート(Carmen Reinhart)がいます。彼らは財政政策と経済成長に関する研究で広く知られていて、2011年の共著の著書“This Time Is Different: Eight Centuries of Financial Folly”の中で、20か国にわたる約200年の歴史的なデータをもとに、政府債務とGDP成長率の関係を分析しました。その中で彼らは、政府債務がGDPの90%を超えた場合に、平均的な経済成長率が急激に低下し、0%以下になることがあるという結果を得ています。この研究は、2008年の世界金融危機の際に注目を集め、多くの国で緊縮財政を正当化する論拠として使われ、EU諸国やIMFなどが、危機からの回復を目指して財政支出を抑制し、政府債務を削減する政策を推進しました。

例えばギリシャ、スペインやイタリアといった国では、EUやIMFからの要求に従って緊縮財政を実施しました。ただ、この時の結果としては、一部の国で高失業率や深刻な経済危機が発生し、批判を浴びました。

また、政府債務対GDP比が危険水準とされる90%を超えた国々では、債務削減に向けた緊縮財政が行われましたが、このことは社会保障支出や公共事業にマイナスの影響をもたらし、貧困層や弱者を直撃したため、やはり批判を浴びました。

そうこうしているうちに、2013年になると、彼らの分析に間違いがあることが見つかり、これを契機に、緊縮財政の有効性に対する疑問が広がりました。

他にみてみると、元IMFのチーフエコノミストであったオリビエ・ブランチャード氏(Olivier Blanchard、2008-2015までチーフエコノミスト)については、当初は緊縮財政を支持していたものの、拡張財政の効果を過小評価していたことを認め、経済状況に応じて柔軟に財政政策を実行していくことが重要だとしています。

具体的には、ブランチャード氏の著書“21世紀の財政政策(日本経済新聞出版)”をみてみると、まず、財政政策には、純粋財政アプローチと純粋機能的財政アプローチという、2つの対極的なアプローチがあるとしています。

このうち、純粋財政アプローチというのは、税の歪みを平準化したり、世代間の所得の再分配を行うために、政府債務を活用するという考え方です。一方で、純粋機能的財政アプローチというのは、財政政策によるマクロ経済の安定化の役割を強調するもので、例えば総需要が低迷し、かつ金融政策が制約されている状況下では、政府は財政出動によって経済を維持するべきというものです。

一般的に、純粋財政アプローチの場合には、プライマリーバランスは黒字になるように運用され、純粋機能的財政アプローチでは、プライマリーバランスの赤字が計上されると考えられます。

そうした時に、では適切な財政政策というのはどうなのかというと、本の中では、この両者の加重平均的なアプローチになるという考え方になっていて、いわゆる景気を熱しも冷ましもしない金利水準といわれる中立金利(r*とします)というものがありますが、この水準はマクロ経済状況と連動していることから、r*が非常に低い場合には、純粋機能的財政アプローチとマクロ経済の安定に大きなウエイトを置き、一方でr*が高い場合には、純粋財政アプローチと債務削減に大きなウエイトを置くべきだとしています。

1つ例をみてみましょう。今、民間需要が非常に弱い状態にあり、そのため、中立金利が0金利よりも低くなっているとします(r*<0)。

この場合、金融政策は中立金利よりも低い金利水準にもっていくことができないため、金融緩和を行おうとしても、実行することができません。こうした時には、機能的財政アプローチによって、総需要を拡大し、生産を高めていかなければいけないとしています(そうすることで、中立金利も高まっていきます)。

IMFのスタンスといえば、政府債務が積み上がった国に対しては、政府債務を削減して、投資家や金融市場の信頼を高めなさいというものですから、この考え方は大きな乖離があるといえます。

ただ、際限なく財政支出を拡大すればいいと考えているわけではありません。中立金利の水準で考えてみると、最初の段階では、r*<0の水準にあるわけで、これはまずいので財政出動で引き上げていこうということになるのですが、どこまで引き上げればいいのかということになると、r*=0ではやはり金融政策がうまく働きませんから、これよりもいくらか高い水準、ということになります。一方で、財政出動には政府債務のコストもかかるため、やはり無駄な支出というのは、極力避けねばなりません。本の中では、この金融政策の余地が生み出されることと、政府債務のコストの増加の間のトレードオフをみながら、最適な水準を考えていくべきとしています。

もう1人有名な人として、カルロ・コッタレリ(Carlo Cottarelli)という人もいます。この人はIMFの元理事で、在籍中は財政部門の局長も務めていました。退任後は、イタリア政府に頼まれて公共支出の見直しの特別委員を務め、“ミスター・スペンディングレビュー”というニックネームもつけられていました。因みに、IMF在籍中にも、公共支出を頻繁に削減していたため、“ミスター・シザース”と呼ばれていました。また、2018年には暫定内閣の首相に指名されていましたが、その後連立政権の方針が変わり、最終的には辞退したという経歴も持っています。

コッタレリ氏は2008~2013年までIMFの財政担当局長を務めていましたが、その後半期の2012年1月に公表した各国の財政状況をチェック・分析するFiscal Monitorという資料(IMF(2012a))に、“As Downside Risks Rise, Fiscal Policy Has To Walk a Narrow Path”というタイトルを付け、さらにそれを踏まえて出されたIMFのブログ(の日本語版)では、“財政調整:過ぎたるは及ばざるがごとし?”というタイトルを付けて、その中で先進国の財政調整はかなり進んでいるものの、マクロ経済状況が脆弱な国もあり、そうした国では、このことは景気にリスクとなりうると指摘し、ブログの最後の部分では、“成長が予想以上に鈍い場合、成長をさらに損ねることになっても、一層の引き締めを行って現在の債務削減計画を堅持しようとする国もあるかもしれません。そうした国に対する私の結論はこうです。”必要がないなら、実施すべきではない“”と結論付けています(その後、その年の10月のFiscal Monitor(IMF(2012b))でも、同様の見解が示されています)。

“シザース”という単語は英語ではさみという意味ですが、まさにこの業界で当代随一の“カットマン”といわれ、公共支出を切り詰めまくっていた方をして、こうした意見がでてくるというあたり、政府債務を削減していく話というのは、そう単純ではないのだと実感させられます。

近年のIMFのFiscal Monitorをみても、なんとなく変化を感じます。例えば2024年のFiscal Monitor(IMF(2024))では、世界の公的債務が新型コロナパンデミックなどの影響から予想以上に上昇していると指摘する一方で、経済成長や格差などへの影響も踏まえて、慎重に債務を削減していく必要があるとしていますし、2025年のFiscal Monitor(IMF(2025))では、成長投資などを賢く行うことで、支出効率を高めることの重要性を指摘しています。

つまり、政府債務を削減する重要性は当然指摘していますが、経済成長への副作用のような事にも注意しながら進めるべき、というような形になっています。

参考文献

カルロ・コッタレリ(2012)、「財政調整:過ぎたるは及ばざるがごとし?」、IMFダイレクトブログ2012.1.29(https://www.imf.org/external/japanese/np/blog/2012/012912j.pdf

オリビエ・ブランシャール(2023)、「21世紀の財政政策:低金利・高債務下の正しい経済戦略」、日本経済新聞出版

IMF(2012a).”As Downside Risks Rise, Fiscal Policy Has To Walk a Narrow Path,” Fiscal Monitor, International Monetary Fund, January.

IMF(2012b).”Taking Stock: A Progress Report on Fiscal Adjustment,” Fiscal Monitor, International Monetary Fund, October.

IMF(2024).”Putting Lid on Public Debt,” Fiscal Monitor, International Monetary Fund, October.

IMF(2025).”Spending Smarter: How Efficient and Well-Allocated Public Spending Can Boost Economic Growth,” Fiscal Monitor, International Monetary Fund, October.

Krugman, Paul(2015).”Austerity Arithmetic,” New York Times July 5 2015.

Reinhart, Carmen M., and Kenneth S. Rogoff(2011).This Is Different: Eight Centuries of Financial Folly, Princeton University Press.

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