“経済成長”について考える(2)

さて、ルーズヴェルト大統領のもと、国民所得(今でいうところのGDP)が力を発揮したわけですが、実は、この数字については1つ大きな議論がありました。

その話をする前に、つい先日、GDPの速報値が内閣府から公表されましたが、その公表資料(https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/gaiyou/pdf/main_1.pdf)をみてみると、

国内総生産(GDP)=国内需要+財貨・サービスの純輸出

となっていることがわかります。

このうち“財貨・サービスの純輸出”というのは、財貨・サービスの輸出から財貨・サービスの輸入を引いたものなのですが、一方で“国内需要”をより細かくみてみると、大きく民間需要(民間最終消費支出+民間住宅+民間企業設備+民間在庫変動)と公的需要(政府最終消費支出+公的固定資本形成+公的在庫変動)にわかれます。因みに、民間最終消費支出というのは、家計の消費に加えて、対家計民間非営利団体(特定の目的を遂行するために集まった個人の自発的な団体で、労働組合、政党、宗教団体、私立学校などが含まれる)の消費が含まれますが、ほとんどは家計の消費になります。

つまり、輸出入を別にして考えれば、国民所得(GDP)というのは、民間需要だけではなく、それに公的需要を加えたものになるということになります。

ここで、公的需要は何なのかをみてみると、国や地方自治体が行う経済活動によって生まれる需要で、大きく3つあるといわれています。1つ目は政府が国民のために提供する様々なサービスに使われる費用で、教育・医療・国防などが該当し、公務員の給与もここに含まれます。2つ目は、道路や橋、学校、病院などの公共施設の建設・整備にかかる費用で、国民生活の基盤を支えるための、将来を見据えた投資になります。3つ目は、政府が備蓄する食料や資源などの在庫の増加です。

ここで、最初の話に戻りますが、統計の形がまだ定まっていなかった1930年代後半から40年前後には、“国民所得”に“公的需要”を含むのかどうかが問題になりました。なぜかというと、公的需要に関しては、支出額を増やした時に民間需要が減少するという、いわゆるクラウディング・アウトの問題があるからです。

ここで、クラウディング・アウトは何かをみるため、先ほどのGDPの式を簡単にした経済のモデルを考えたいと思います。今回は、海外との取引はないケースについて考え、この場合には、国民所得をY、家計の消費をC、家計や企業の投資をI、政府支出をGとすると

Y=C+I+G

という恒等式が成り立ちます。因みにこの式は、一般に(閉鎖経済における)国民所得の恒等式といわれています。

ここで、政府がGを増やすため、国債を発行したとします。さらに、この国債を仮に国内の金融機関が全て購入したとすると、その場合、金融機関はその分民間企業に貸し付ける資金の原資が減ることになるため、貸出金利が上昇することになります。そうすると、金利の上昇によって投資Iが減少することになります。

また、仮に銀行が預金獲得を増やすため、貸出金利だけではなく預金金利も引き上げるような場合には、一部家計の消費が減って、預金が増えることになります。この場合には、結果としてCとIがともに減少することになります。

前回出てきたクズネッツは、仮に国が豊かになったとしても、例えば君主が戦争してばかりいて、大きな金額を戦争につぎ込まれてしまった場合には、国民の生活は決して豊かとはいえず、“国民所得”を計測する時には、こうした政府支出は除くべきであると主張しました。

一方で当時のアメリカの商務省などは大反対でした。時代的にも第二次世界大戦に向かっていく時期だったこともあり、戦費が増えることで国民所得が減るなんていう数字が出てきてしまうことは絶対に避けたいという考えでした。

この議論はかなり白熱したそうですが、最終的に商務省の考え方が採用されることとなりました。やはり政府強し、といったところだと思います。ただ、このことは、決して恣意的な要素だけでそうなったのかというと、必ずしもそうではなく、歴史の流れ的なものもあったと思います。

というのも、18世紀初めに近代の産業が産声をあげてから、“経済”といえば民間のものを指し、政府は脇役にすぎず、話題にのぼるとすれば、“戦争の時に増税しはじめるな”というような感じだったのですが、19世紀の半ば以降、政府はそれまでの国防と司法の役割に加えて、道路や水道の提供といった役割にも手を広げるようになり、徐々に役割が大きくなってきていました。国民所得の定義に公的需要が含まれたのも、こうした政府の役割の拡大という背景がある程度影響したと思いますし、更にいえば、このように国民所得を定義したことで、その後、さらに政府の役割が拡大する下地ができたとも考えられます。

イギリスでも、やはり議論はあったようですが、最終的にアメリカと同じ結論に達しました。同国の経済学者ケインズは、1940年に発表した“戦費調達論(Keynes(1940))”の中で、イギリス経済はどれほどの生産力を備えているのか、兵力の動員と戦闘にどれだけ必要なのか、人々の生活水準はどの程度下がるのかを体系的に計算した上で、戦争に備える必要があると指摘しています。当時すでにイギリスはドイツに宣戦布告を行った後だったため、こうした必要性が叫ばれたのだと思います。

ケインズのこうした声に感銘を受け、イギリスの財務省は若手経済学者のリチャード・ストーンとジェームス・ミードに新たな統計データの作成を依頼し、1941年に政府予算案とともに発表されました。これが、現在の国民経済計算およびGDPの原型となっています。さらに戦後になると、GDPの定義と計測を国際的に調整・統一する動きが起こるのですが、ストーンはそこでも極めて大きな役割を果たしています。

因みに、今回みてきたGDPの定義ですが、個人的にも公的需要を含めたことはよかったと思います。例えば、公的需要の一例として防衛関連の支出がありますが、例えば供給側の側面を考えると、雇用の創出といった効果があり、これは所得の増加や消費の増加に繋がります。

例えば、横井(2025)では、日本政府が防衛費を対GDP比で3.5%まで引き上げた場合に、111.2万人の雇用が追加的に生まれると指摘しています。仮に輸入に頼った場合には、ここまでの雇用の増加は望めませんが、それでも建設業などを中心に雇用の増加があるとしています。因みに、この建設業の雇用の増加は、基地や施設の建設で発生するものです。

また、これは基地の建設については当てはまってしまうのですが、例えば公共インフラを建設するような場合、土地の収用に莫大な費用がかかってしまうことが少なくありません。そうなった場合、このお金は、土地を売った人の生活水準を大きく跳ね上げますが、雇用を生むわけではないので、経済への波及効果という点では“結果コスパが悪い”というようなことも起こりかねません(もちろん、インフラの建設には人手が必要でしょうから、そうした人たちがもたらす経済効果や、施設が完成した後の経済的な効果というのも半永久的にあるわけですし、これはこうしたインフラ事業ならではのものだと思うので、重要なこととは思いますが、ただ、運用していく時にも人件費や基地の維持費がかかったりという側面も一方ではあるわけです)。

一方で防衛装備品の方にお金をかけるような場合には、土地関連の面倒がないため、比較的支出が雇用に繋がりやすく、コスパ的な面で期待は高いといえます。

さらにいえば、技術的な向上の効果も期待できます。現在は技術を民間と軍事の両方で活用する“デュアルユース”というのが流行っているようですが、調べてみると、このデュアルユースには、①軍事技術を民生技術に応用する“スピンオフ”と、②民生技術を軍事技術に応用する“スピンオン”という、2つの流れがあるそうです。

例えばスピンオフの例をみてみると、①冷戦下の1960年代にアメリカ国防総省で開発されたARPNETが起源となって、その後民間のデータ通信ネットワークとして発展したインターネット、②1970年代にアメリカ国防総省が軍事目的で開発し、その後世界に対して無償での民間利用を提供したGPS、③第二次世界大戦中に、アメリカの化学メーカーが弾薬等を保護する包装用フィルムとして開発した技術を民間利用した食用品ラップフィルム、④アメリカのロボットメーカーが地雷探知のために開発したシステムを応用したロボット掃除機があります。

一方で、近年は民生技術を軍事技術に応用するスピンオンの方が増えているようで、例えばウクライナで使用されているドローン技術や、3Dプリンターの技術も装備品の製造で活用されていますし、他にもAIやバイオテクノロジー、宇宙旅行などの先端技術が活用されています。こうした時の民間への恩恵としては、例えばスタートアップの支援ということが考えられ、実際、日本の経済産業省では、防衛省と共同で、“防衛産業へのスタートアップ活用に向けた合同推進会”というものを2023年にスタートし、2024年9月の第5回会合では、“デュアルユース・スタートアップのエコシステムの構築に向けて”という資料を作成しています(https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/aerospace/5_startup.pdf)。

もちろん政府支出(公的需要)の拡大には先ほどのクラウディングアウトのような負の側面もあるのですが、少なくとも現代では一概に負の側面ばかりではないとも考えられ、そうした時に政府支出を除いたものを国民所得(GDP)と定義されてしまっていたら、今の様に経済が複雑化し様々な産業間の相互連関を活かした経済成長が見込まれる場合でも、“少なくとも短期的にはGDPを稼げないかもしれないかもだし、とりあえずやめとこう”ということになるかもしれません。

そう考えると、結果論かもしれませんが、GDPを単に“民間需要”とせず、“公的需要”を加えたことは、よかったのかもしれません。

さて、戦争をモチベーションとして発展したGDPの体系ですが、これにはもう1つの重要な使い方が見つかります。そのきかっけとなったのが、ケインズが1936年に発表した『雇用、利子および貨幣の一般理論』になります。これは第二次世界大戦後の経済成長に大きな影響を与えたのですが、次回はこれをみていこうと思います(因みに、前回でてきたニューディ―ル政策は1933年にスタートしているため、時系列的にみて、ケインズの著書よりも先になりますし、ルーズヴェルト大統領自身も、ケインズの影響を否定しています(池田(2009)))。

参考文献

池田信夫(2009)、『希望を捨てる勇気 停滞と成長の経済学』、ダイヤモンド社

経済産業省・防衛省(2024)、「デュアルユース・スタートアップのエコシステムの構築に向けて」、防衛産業へのスタートアップ活用に向けた合同推進会 第5回提出資料(https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/aerospace/5_startup.pdf

コイル・ダイアン(高橋璃子 訳)(2015)、『GDP<小さくて大きな数字>の歴史』、みすず書房

横井晴紀(2025)、「外交・安全保障 第28回:人的資本の観点から試算する防衛費増額の影響」、NRIコラム、2025年10月14日(https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20251014.html

Keynes, John Maynard(1940). How to pay for the war, in The Royal Economic Society (1972) The Collected Writings of John Maynard Keynes, IX Essays in Persuasion, London: Macmillan, VI-2, 367–439.

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