前回の最後の内容について、理論的な研究をみてみたいと思います。まず基本的な部分の話として、以前の投稿(「少し脱線-景気循環理論について3(2024/12/27)」)で書いたように、ニューケインジアンモデルの価格硬直性のモデル化には様々なアプローチがあり、毎期一定の価格改定確率を企業が有するというモデルや、価格改定にはメニューコストがあり、企業は各時点の実際の価格と、その時点で計算される最適な価格水準の差額が大きくなった時に、価格改定を行うというモデルがあります。
一般に、インフレ率が低い時期には両モデルの説明力はあまり差がないとされています。差が出るのはインフレ率が上昇傾向にあるときで、この時、データ的には価格改定をする製品数(企業の数)が増加することでインフレ率が高くなることがいわれています。この場合には、価格改定の頻度を予め固定してしまう確率一定タイプのモデルの説明力はあまり高くなく、むしろもう一つの、メニューコストを仮定するモデルの方が上手く説明できます(逆にインフレ率が低い時期は、価格改定の頻度のデータはほぼ一定で、むしろ一回一回の価格改定の大きさの方が影響力を持つというような状況であるため、両モデル間の説明力には、それほど差はでません)。前回の最後に触れたモデルは、メニューコストを仮定するタイプのモデルの一種になります。
Midrigan(2011)では実際にモデルを構築して分析しています。通常のメニューコストを仮定するタイプのモデルでは、一企業が生産・販売する製品の数は1つと仮定していますが、Midrigan(2011)では規模の経済性を導入し、一部の企業が複数の製品を生産・販売すると拡張したモデルを構築しています。このモデルでは、複数の製品を販売する企業で、販売する製品のうちの1つが最初の段落で示した基準にのっとって価格改定が必要になる時に、ついでに他の製品の価格も改定するということがおきます。こうしたついでの価格改定は、場合によっては大きさは小さなものであったりするのですが、一方で、トータルでの価格改定頻度の上昇に繋がることになります。そのため、インフレ率が上昇する時にトータルの価格改定頻度が上昇する様子を、ノーマルタイプ(1企業1製品)のモデルよりも際立たせることができます。
因みに、小さな価格改定はデータでもよく観測されるのですが、ノーマルタイプのメニューコストモデルでは価格改定が完全にメニューコストで縛られているため、これを表現するのが難しく、そのため例えばNakamura and Steinsson(2010)では、企業(この場合は製品でもある)の一定割合がメニューコスト0で価格改定を行うという条件を敢えて加えることで、小さな価格改定も生じるようにしています。ただ、この追加した方法では、インフレ率が上昇する時に、価格改定頻度が増えていくという描写をすることができないため、トータルとして、インフレ率と価格改定頻度の関係はMidrigan(2011)程には際立たないことが指摘されています。
Blanco et al.(2024)では、Midrigan(2011)タイプのモデルを用いることで、価格改定頻度の上昇を通じてインフレ率が高まる様子を表現することに成功しています。また、この場合にはフィリップス曲線は非線形になるとしており、インフレ率が低い時にはフィリップス曲線はフラットで、インフレ率が上昇すると傾きが急になるとしてます。
ところで、ノーマルの(各企業が1製品しか作っていないタイプの)メニューコストモデルの場合には、同様のことを説明することはできないのでしょうか。Blanco et al.(2024)では、ノーマルモデルの場合についても分析をしており、このモデルで低インフレと高インフレの世界を両方描写するのは集計的なショックだけでは難しく、仮に実現するには、非常に大きな固有ショックが必要であるとしています。一方で、Gagliardone et al.(2025)では、ノーマルのモデルでも低インフレと高インフレの世界を両方描写することができるという結果を報告していて、複数の指摘が存在しています。
Blanco, Andres, Corina Boar, Callum J. Jones, and Virgiliu Midrigan(2024).”Non-linear Inflation Dynamics in Menu Cost Economics.”NBER Working paper No.32094,National Bureau of Economic Research.
Gagliardone, Luca, Mark Gertler, Simone Lenzu, and Joris Tielens(2025).”Micro and Macro Cost-Price Dynamics in Normal Times and During Inflation Surges.”NBER Working paper No.33478,National Bureau of Economic Research.
Midrigan, Virgiliu(2011).“Menu Costs, Multi-product Firms, and Aggregate Fluctuations.” Econometrica,79(4),1139–1180.
Nakamura, Emi and Jon Steinsson(2010).“Monetary Non-neutrality in a Multisector Menu Cost Model.” Quarterly Journal of Economics, 125 (3), 961–1013.
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