少し脱線-景気循環理論について14

今回はまず、前回の内容の理論的な補足からはじめたいと思います。実は、仮に完全な金融資本市場が存在することを前提とした場合、企業の投資判断は資金の調達手段に依存しないということが示されていて、これはモジリアーニ=ミラー理論と呼ばれています(Modigliani and Miller(1958))。この理論は、それこそ現在に至るまで長い間影響力を持ち続けている理論ですが、一方で、企業投資の説明因子として、内部留保やキャッシュフローといった金融変数が密接な関係を持つことも、マクロデータを用いた実証分析によって1960年代には指摘されていました。ただ、当初はこの理論的な裏付けが明らかではなかったのですが、情報の経済学の発展に伴って、資金の貸し手と借り手の間に情報の非対称性(借り手企業の情報を、貸し手はゼロコストで得ることができない)があると考えることで、内部資金と外部資金とでは、外部資金の方が借り手企業にとってコストが大きくなる(貸し手がプレミアムをつけるため)とする理論が考案され(Myers and Majluf(1984))、実証的にもFazzari,Hubbard, and Petersen(1988)が米国の製造業企業のミクロデータを用いた分析を行って、この理論があてはまることを示しました(他にも、投資のQ理論のモデルに資金制約の式を直接追加してオイラー方程式を導き、その推定結果を制約なしのオイラー方程式の推定結果と比較することで同様の指摘をした研究もありました(Hubbard and Kashyap(1992)、Whited(1992)))。

こうした研究を通して、投資を行う企業にとって、内部資金と外部資金とでは、外部資金の方がコストが高くなることが認識されたわけですが、理論面ではその後、前回の投稿で紹介したような景気循環との関連を指摘する研究などが行われています。そうした中で、実証面でも多くの研究が行われており、例えば90年代の研究例をみてみると、Gertler and Gilchrist(1994)では、米国経済の実証分析から、政策金利の引き上げに対し、小規模企業の在庫投資が、規模が大きい企業と比べて大きく減少することを示しています。また、鈴木・小川(1997)では、日本における1980年代から90年代にかけての土地価格の大幅な変動の影響を実証分析し、相対的に規模が小さく知名度が低い企業ほど、借入や設備投資が大きな影響を受けたと指摘しています。因みに、ちょうどこの頃の日本は、後にバブル崩壊とか失われた〇十年と呼ばれるような景気後退に入っていた時期でしたが、この頃というのは、1980年代後半の地価・株価の長期的かつ大幅な上昇と90年代の急激な低下が、80年代後半から90年代初にかけての好景気と、その後の景気後退に密接に結びついているとする意見と、殆ど影響はないとする意見が激しくぶつかっていた時期でもあり、日本でも注目され、様々な研究が行われました。

近年でも、企業のミクロデータを活用する環境がより整ったこともあり、多くの実証分析が行われています。ここでは、金融政策について分析した研究をいくつか紹介しようと思います。Jeenas(2023)では、米国に関する実証分析を行い、ハイレバレッジ企業や流動資産が少ない企業では、政策金利を引き上げた際に設備投資の減少がより大きくなることを指摘しており、Anderson and Cesa-Bianchi(2024)でも、やはり米国の実証分析を行い、政策金利の引き上げにより、ハイレバレッジ企業では社債の信用スプレッドがより拡大し、企業の総負債と設備投資についても、より影響が大きくなることが示されています。

また、Durante,Ferrando, and Vermeulen(2022)ではドイツ、フランス、イタリア、スペインの分析から、政策金利を引き上げた時に、企業年齢が若い企業ほど設備投資の減少がより大きくなることを示しています。Cloyne et al.(2023)でも、米国・英国企業の実証分析を行い、政策金利を引き上げた時に、企業年齢が若く配当金の支払いを行っていない企業は、より古く配当金を支払っている企業よりも、設備投資を大きく減少させるという結果を得ています。さらに、Jasova et al.(2021)では、ポルトガルの実証分析から、政策金利の引き下げに対して、金融制約にある企業(規模の小さい企業や若い企業)ほど、設備投資や賃金・雇用・人的資本投資を増加させることを示しています。

このほか、Bahaj et al.(2022)では、英国について実証分析を行い、企業年齢が若くかつハイレバレッジな企業では、政策金利の引き上げによって企業活動がより低下することを示し、さらに、こういった企業の中でも、会社の社長・役員が住んでいる住宅の資産価値が企業の総資産の15%を超えるような企業では、当該住宅がある地域の住宅価格が金融政策に対して大きく反応する企業ほど、企業活動がより影響を受けるとしています(一方で、企業年齢が若くかつハイレバレッジな企業であっても、当該住宅の資産価値が企業の総資産価値の15%を下回る企業では、この効果はみられないとも報告しています)。

Anderson, Gareth, and Ambrogio Cesa-Bianchi (2024).”Crossing the Credit Channel: Credit Spreads and Firm Heterogeneity.”American Economic Journal: Macroeconomics,16 (3),417–446.

Bahaj, Saleem, Angus Foulis, Gabor Pinter,and Paolo Surico (2022).”Employment and the Residential Collateral Channel of Monetary Policy,”Journal of Monetary Economics,131(C),26-44.

Cloyne, James, Clodomiro Ferreira, Maren Froemel, and Paolo Surico(2023).”Monetary Policy, Corporate Finance, and Investment,” Journal of the European Economic Association,  21(6),2586–2634.

Durante, Elena, Annalisa Ferrando, and Philip Vermeulen(2022).” Monetary Policy, Investment and Firm Heterogeneity,” European Economic Review,148(104251).

Fazzari, Steven M., R. Glenn Hubbard, and Brude C. Petersen(1988).”Financing Constraints and Corporate Investment,”Brookings Papers on Economic Activity,141-195.

Gertler, Mark, and Simon Gilchrist(1994). ”Monetary Policy, Business Cycles, and the Behavior of Small Manufacturing Firms,” Quarterly Journal of Economics,109(2),309–340.

Hubbard, R. Glenn, and Anil K. Kashyap(1992).”Internal Net Worth and the Investment Process: An Application to U.S. Agriculture,” Journal of Political Economy,100,506-534.

Jasova, Martina, Caterina Mendicino, Ettore Panetti, Jose-Luis Peydro, and Dominik Supera (2021). ”Monetary Policy, Labor Income Redistribution and the Credit Channel: Evidence from Matched Employer-Employee and Credit Registers,” CEPR Discussion Paper No. 16549, Centre for Economic Policy Research.

Jeenas, Priit(2023).”Firm Balance Sheet Liquidity, Monetary Policy Shocks, and Investment Dynamics,” BSE Working Papers No.1409, Barcelona School of Economics.

Myers, Stewart C., and Nicholas S. Majluf(1984).”Corporate Financing and Investment Decisions When Firms Have Information that Investors do not Have,”Journal of Financial Economics,13,187-221.

Whited, Toni M.(1992).”Debt, Liquidity Constraints, and Corporate Investment: Evidence from Panel Data,” Journal of Finance,47,1425-1460.

鈴木和志・小川一夫(1997)、「土地価格の変動と設備投資-日本の製造業に関するパネルデータによる分析-」、『経済研究』第48巻第3号、一橋大学経済研究所、218-226頁

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