イギリスのスターマー首相が辞任しました。理由は5月の統一地方選挙で大敗を喫したこととされているようですが、それはなぜかといえば、やはり長引く不景気に原因がある、ということだそうです。
なんとなくTBS Cross digの動画をみていたら、経済と選挙結果か…だれか論文書いてないかな…ということになり、調べてみました。
ちょっと話はそれますが、イエール大学の名誉教授に、エドワード・タフティ(Edward Tufte)という人物がいます。この人は情報デザインに関する著作が有名で、なかでも、1983年に書いた“The Visual Display of Quantitative Information(定量情報の視覚表示)”が大当たりしました。
因みに、この共著者のジョン・テューキー(John Tukey)という人も有名で、例えばスマートフォンのノイズキャンセリングや画像処理をはじめ、様々な用途で幅広く活用されている高速フーリエ変換(FFT)アルゴリズムの開発や、データ分析の最初に行う“探索的データ解析”の重要性を主張し、1977年の著書”Exploratory Data Analysis”の中で、有名な箱ひげ図や幹葉表示を導入しています。他にも、細かいことですが、ジョン・フォン・ノイマンと共同でコンピューターの設計に関わっていた時に、”binary digit”を短縮して”bit”という造語を生み出したり、”software”という用語をいち早く論文に取り入れたことでも知られています。
話が逸れましたが、タフティという人は、1983年の”The Visual Display of Quantitative Information”が大当たりして以降、こちらの世界の人間として生きていくことが多くなるわけですが、元々はイエール大学で政治学の博士号をとっており、そちらの分野で研究活動を行っています。
そんな彼が1978年にプリンストン大学出版局(Prinston University Press)から出した書籍が、”Political Control of the economy”というものなのですが、その中で彼はこんなことを言っています:
“When you think economics, think elections;
When you think elections, think economics.”
経済と選挙の関係は、(少なくともThe Visual Display of Quantitative Information”が大当たりする前の)タフティ氏の関心事であったことがわかりますが、同じように関心を持った人は他にも多くおり、これまで様々な研究が行われました。
いくつか研究をみてみますと、一番研究の数が多いのは、米国ということになります。米国の下院選挙について分析したKramer(1971)では、有権者が経済実績を満足できると判断する場合には大統領の所属政党に投票し、そうでない場合は投票しないとしているほか、実質個人所得が減少すると、現職政党の下院投票率が低下すると指摘しています。
その後、クレイマーの主張は、そんなわけないだろうと大きな批判に晒されたそうですが、先述のTufte(1978)でも、大統領任期中に行われる下院選挙の結果が、大統領の経済政策と政治的パフォーマンスに影響されることを示し、また、クレイマー自身も自身の分析を補強する研究結果を報告しています。
因みに、上院については、やはり同様の指摘をする研究がある(Lewis-Beck and Rice(1992))のですが、一方であまり研究が多くないという特徴もあります。
大統領選挙についてもこれまで多くの研究が行われています。初期の研究としては、やはり先述のTufte(1978)や、他にFair(1978)という研究があり、所得やGNPが選挙結果に影響を及ぼすと分析しています。また、近年の研究では、Doti and Campbell(2024)が、インフレが大統領選挙の重要な決定要因として、長期間にわたって影響を示しているとしています。
米国以外でも同様の研究は行われていますが、数は圧倒的に少なくなるようです。そうした中でも、フランスはRosa and Amson(1976)が国民議会選挙の分析から、左派政党の得票率がインフレ・失業・所得の変動に大きく左右されることを発見し、さらにFauvelle-Aymar and Lewis-Beck(1997)では、このモデルを用いて1997年の国民議会選挙の予測を行い、右派が敗北することを的中させています。大統領選挙についても、有権者が経済の将来が悪化するのではなく改善する可能性が高いとみなす場合、現職への投票の確率が大きく上昇することが示されています(Lewis-Beck(1988))。
他にも、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペインの5か国の27回の選挙(1967~1987年)を分析したLewis-Beck and Michell(1990)では、失業率とインフレ率の上昇が与党連合の獲得議席数を大幅に減少させると指摘していて、英国の分析をしたSanders(2000)でも、経済見通しが良好で、失業率とインフレ率が低下していると認識している場合、有権者は政府を支持するが、期待が低下している場合や、失業率・インフレ率が上昇していると認識する場合には、支持を取り下げると報告しています。
中にはより詳細な分析を行っている研究も存在します。Lewis-Beck(1988)では、その時々の経済状況が投票結果に与える影響は、国家間で異なるとし、その理由を連立政権を構成する政党の数の違いとしています。つまり、多党連立政権の場合には、政府責任の分散化が生じてしまい、有権者がどこを非難すべきか迷ってしまう可能性があるということになります。同様の指摘は、1969年から1988年までの、19か国・100の選挙を分析した、Powell and Whitten(1993)でもされていて、国政選挙の結果と経済の関連について、委員会制度の性質や野党の強さ、連立政権の状況といった政治的文脈に依存するとしています。
因みに、ここまでまとめてきたような研究については、Lewis-Beck and Stegmaier(2000)が詳しくまとめています。
このほか、インフレが得票数にどのような影響を与えるのかは、政治家の腕次第という研究もあり、民主党政権時代の2022年の米国中間選挙を分析したBaccini and Weymouth(2022)では、共和党では、当時の政府の政策に問題があると指摘した議員の得票が比較的高くなり、一方民主党では、強欲な企業が必要以上に値上げしていると指摘した議員の得票が高くなったと分析しています。
参考文献
Baccini, Leonardo, and Stephen Weymouth(2025). “Inflation, Blame Attribution, and the 2022 US Congressional Elections.” British Journal of Political Science 55: e74.
Doti, James L. and Tom Campbell(2023). “The Impact of Job Growth and Inflation on Presidential Voting Patterns.” SSRN Electronic Journal: n. pag.
Fair,R.C.(1979).”The Effect of Economic Events on Votes for President,” Review of Economics and Statistics,60(2),159-173.
Fauvelle-Aymar, C., and M.S., Lewis-Beck(1997).”L’Iowa donne l’opposition gagnante,” Liberation,4978,15.
Lewis-Beck,M.S.(1988). Economics and Elections: The Major Western Democratics, University of Michigan Press.
Lewis-Beck,M.S., and T.W. Rice(1992). Forecasting Elections, Congressional Quarterly Press.
Lewis-Beck,M.S., and M. Stegmaier(2000).”Economic Determinants of Electoral Outocomes,” Annual Review of Political Science, 3,183-219.
Powell, G.B., and G.D. Whitten(1993). “A Cross-National Analysis of Economic Voting: Taking Account of the Political Context.” American Journal of Political Science ,37:391.
Rosa, J.J., and D., Amson(1976).”Conditions ‘economiques et elections: une analyse politico-‘ econometrique(1920-1973).Rev.Franc, aiseSci.Polit. 26:1101-1124.
Sanders, D.(2000).”The Real Economy and the Perceived Economy in Popularity Functions: How Much do Voters Need to Know?:A Study of British Data,1974-97,” Electoral Studies,19(2-3),275-294.
Tufte,E.R.(1978).Political Control of the Economy, Prinston university Press.
Tufte,E.R.(2001).The Visual Display of Quantitative Information 2nd Ed, Graphics Press.
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